あんたたちの世界を見てると、どこか違和感があっていつも全てを疑問形にしたくなる。
壊したいとまでは思わない。ただ俺はガキだからそれでも一緒にいるあんたたちを見てると
俺はその隙間に入り込んで邪魔したくなるんだ。
冷たさと情熱
「…ねぇ丸井先輩?」
「あ?」
先ほどコンビニで買った新しいガムのビニールを適当に剥がしながら丸井先輩はこっちを向く。
部活の帰りだった。たまたま一緒だった丸井先輩と歩いていて、ふっと過ぎった一つのことに
話題を向けたかった。ビニールのごみを道端に捨てないで、意外にも鞄の中へとしまう。
「いいんすか?あんな放任主義で。もっと束縛してやんなきゃ。」
「…のこと?」
丸井先輩はそのままガムを口に入れると顔色ひとつ変えずに返答する。
勿論ナイター設備もばっちりな立海は日が落ちてからも練習が出来るので、帰りは星が
高く、周りに人気が無いことも少なくなかった。今日もそんな感じで、闇に包まれた空は
雲が少なく空気が澄んでいて、深い群青色をしている。都心では見つけにくい四等星以下の星でも
なんとなく見つけることが出来た。一等星はより輝く。
「ダメっすよー。先輩、可愛いし、お人よしだから悪い男に引っかかってふらーっと行っちゃいますよ。」
丸井先輩は相変わらず香りからして甘そうな(おそらくいつものグリーンアップル味)
ガムを、膨らましては割り、また膨らます。ガムが口内から出たその時だけ甘ったるい匂いがする。
香りだけで充分だ。
「いいんすか?俺が先輩と遊びに行ったりしてんのに、何も言わないで。俺が貰っちゃいますよ。」
@ @ @
あんたたちの関係はそんなんで、俺には理解できない。俺だったらもっと傍において、出来る限り
他の男なんかに触らせないようにする。そこまでは普通にする。
「赤也、今日部活オフなんだって?」
「そっすよ。」
「暇だったらこの前言ってたラーメン屋、行く?」
「マジすか!もち行きます!」
オフの日なんて数少ないのに仁王先輩と遊びの約束を入れる丸井先輩が全然わからなくて、
そんでもって彼氏の後輩と一緒にラーメンを食べに行く先輩ももっとわからなくて、
俺が期待するのなんて当たり前だろう。
期待の先には何もないけど、それでも偶然じゃないから俺は期待に期待を重ねて自分が勝ったかのように
錯覚すら出来るんだ。全然、わからない。何をさせたいのか。
「ここね、めっちゃ安くて旨いんだよ。」
じゃあ上限はなんだ。どこまでしていいんだ。どこまでなら許される?
このままでいるんだったらキスでもして無理にでも手に入れる。今なら出来る。
それでも向かないなら、ぐちゃぐちゃにしてまで手に入れる。覚悟くらい出来てる。
...そんなんでもいいのか。
「うわッめっちゃ旨い!」
「でしょー!これで五百八十円は感動できるよね。」
先輩はそうやって俺に笑いかける。どうしてそうやって笑うことが出来るのか、
やっぱり俺にはわからない。たかが、後輩だ。彼氏の、後輩。元は何も繋がりなんてない。
ただ興味を持った俺があんたに近づいて、勝手に繋がりを持たせたかっただけだ。
...それでいのか。
「…先輩。」
「んー?」
「…やっぱいいや。」
「え?いいの?やだなー気になるじゃん。」
先輩はよっぽどメンマが嫌いなのか、スープの底から箸で掬い上げて端のほうへ除けていた。
言葉と行動を見れば全く気に留めてないのは頭の悪い俺でもわかっていて、
それでも俺はあんたに見てもらいたくて、どうしてもわかっていることを確認したくなる。
...答えは言わずと出ているはずなのにな。
「先輩はやっぱ、丸井先輩が好きなの?」
「何言ってんのよー。」
「真面目に。」
俺がラーメンを食べる手を止めて、きっちり顔を捉えて目を見ると予想外にあったようで
少し目を見開く。そして刹那おいてから先輩も箸を置く。目を、逸らさない。
にこりとさっきの笑みに戻った。
「当たり前じゃん。凄い、好き。大好きだよ。」
結局目を逸らしはしなかった。
全てを悟る前に、ポーカーフェイスを保っているつもりの裏で心はドキドキしていた。
こんなの、久しぶりだ。いつ以来だろう。
「…もう言わせないでよねー。すっごい恥ずかしいんだから。」
だけど、その言葉は俺のじゃない。俺に向けられたものじゃない。
その言葉が俺に向けられたものだったら、今頃は有頂天で思考回路はとっくに止まって真っ白だ。
まぁ今の時点で既に止まり掛けているけど。その止まり掛けている頭で精一杯わかったことを考える。
隙がありすぎるように見えるけど、実はどこにも隙なんてない。一ミリも無い。
@ @ @
「…お前は、そんなことしねぇよ。」
あの部活の帰りだ。しつこく先輩のことを話題に取り上げた俺に対して丸井先輩は冷静に言った。
その言葉が妙に説得力があって、逆に癪に障ってカチンときた俺はまた丸井先輩に反抗する。
「…あんたは俺のこと信用しすぎなんすよ。保障なんて出来ないでしょ。本当に無理にでも奪い取りますよ。」
丸井先輩は足を止める。風の吹かない湿った空間が間を通って、居心地が悪い。
丸井先輩は真っ赤な髪の毛に手を置いて少し頭を掻くと数メートル後ろで立ち止まっている俺に振り返る。
「だぁから、お前はしねぇっつってんだろーが。」
再びガムを膨らまして弾くとまた前に向き直った。風が、吹かない。吹いてくれない。
さっと吹いてこの俺を取り去ってくれればいいものを、じっとりとした空気に紛れて動かない。
気まぐれなのか、それとも誰かの意図か。そんなことは知らない。だけど本当に俺が知っていたのは
この現実で、偶然なんかじゃない。誰かの意図でもない。
隙なんか少しも無いことはとっくに知っていて、ただ気を引きたかっただけだ。
どっちも大切なのに、頭の悪い俺は壊すことしか知らない。
でもそれに気付かない振りをして自己演出をしていた。それだけだ。そうすれば保っていられると考えた。
だけどそんなこと自分が考えているということを我に返って思えば阿呆らしくて笑いたくなる。
俺がセンチメタルに浸ったって何も変わりやしないし、気にも留めない。
いっそ嘲笑ってくれれば楽になったかもしれない。薄っぺらい何かで繋ぎとめられていたって、
結局悪者にさえなれやしない。
単純に考えようとすればするほど難しくて複雑で、結局支離滅裂な道を走って行動する。
これ以上に馬鹿なことは無い。
@ @ @
脳内で醤油の香りが立ち込めて、それから店内の威勢のいい声が徐々に戻ってきた。
周りは湯気と熱気で白くぼんやりしている。後ろを振り返ると若いカップルが入ってきて半分くらい
開いたスライド式のドアから、クーラーの人工的涼しさの中に蒸し暑い空気が入り込んでくる。
また店員全員が声を張り上げる。
「食べ終わった?」
急に目の前に現れた先輩の顔に、ただ驚いたのかドキドキしていたのかはわからないが
返答に困って遅れた。
「えっ、あ、はい。」
「何ー?さっきから赤也どしたのー?」
「…なんでもないっす」
「あー!スープ残してんじゃん!ここスープが売りなんだよ!勿体無いって!」
俺の動揺に気付いていながら、気付かない振りをする。全てを受け入れた俺には元の現実が見えてくる。
俺たちはずっとこの駆け引きをしていて、何も生み出さない。いや、俺だけか。
ずるい。そう思った。どうしてあんたたちはそういうことをするんだよ。
これじゃますます俺はどこにも行けなくなる。一人で空回りしてるみたいで惨めな気分に変わりは無い。
そんなことを考えながら具だけは綺麗に浚われたスープを啜る。
だけど諦めに似た気持ちはそこにあった。俺が確かに見たのはあんたたちの隙間じゃなくて
あんたたちの器のでかさだったのかもしれない。もしくは、愛のでかさか。
開き直りってやつか。もうこうなったら全部受け止めるしかない。目の前に現れたら、そうするしかない。
「…先輩、ごめん」
「え?何が?」
それを見て安心したのかもしれない。逆に言えばそれをみたかったってことだ。
「金ねぇっす。」
「はぁ!?…マジっすか切原君。」
徐に取り出した自分の安っぽい財布の中には勿論のように札なんてなくて五円玉やら十円玉やらが
何枚か入っているだけだ。どう数えても五百八十円に達しない。真顔でそれを告げると
「食べる前に言えよー」と苦笑しながらも先輩は自分の財布から千円札と百円玉を丼の横に置いた。
「今月残り少ないんだから、早めに返してよね。」
結果オーライだ。振り切れば俺は次に進める。
俺は小さく返事をする。それを見たあと鞄を持って忘れ物が無いかチェックして会計を済ませる。
いつの間にか店には行列が出来ていて、なんとなく得した気分になった。
あんたたちが一緒にいる理由。今なら全て納得できる。
丸井先輩と一緒に通ったあの道に今、乾いた空気が吹いて全て取り払ってくれた。
決して過ごしやすくないこの蒸し暑さに、今日俺は爽やかさを覚えた。
これは俺の糧となって無駄じゃない。いつか振り返っても笑い飛ばせる日が、くるように。
そんなことを考えながら今俺は、打ち上げられる花火をマンションの屋上から見ている。
―――
丸井夢「明くることのない夏の夜の」の赤也サイドって感じですかね。
先輩の彼女に恋する赤也の悲恋を書いてみたかったんです。