(…こういうのって、アリ?)
いやいやナシだろ。自分で自分にツッコミながら朝は早い方のあたしは玄関口から階段を上りながら
小さなメモ用紙に簡単に書かれた言葉を見つめた。
ご丁寧にあたしの名前が一番上に書かれてて、どう見てもあたし宛なのだが、
その言葉は本当にあたしに向けられたものなのかが疑わしかった。
差出人の藤野君はあたしが昨日たまたま名前を出した隣のクラスの男の子で
あたしが覚えている印象としてはサッカー少年、性格が良いと評判なこと。
だけどクラスも一緒になったことないしメールアドレスを知らないどころか
公的用件以外じゃ喋ったことがあるかと聞かれれば、記憶に無い。
接点があるとしたら去年委員会が一緒だったってことくらいなはず。
しかもそこに書かれていたことは
『今日の放課後、体育館裏に来てください。待ってます』
これはあたしの下駄箱の中に入ってた。これって、よく少女マンガとかに出てくる
告白前シーンじゃないの!?とかちょっと興奮したけどあたしはなんだか素直に受け取ってない。
解せないのは今時こんなやり方で告白なんかするのかってことと、
あたしが春が来ないとか喚いてたときにこんなにタイミングよくくるもんなのかってこと。
それに加えてあたしは告られたことなんてただの一度もないからこういうのよくわかんなかった。
だからなんかのイタズラなんじゃないのかと思った。
だけど内心ちょっとどきどきしてたことに気付いてた。相手はあいつじゃないのに。自分でも誤魔化してた。
あたしは悩んだ挙句、ちょうど同じクラスの親友中庭でお昼をとっていたのでこのことを話してみた。
中庭は周りが高い建物で囲まれているせいで、このお昼時しか日が降り注がない。
ただこの一時だけに降り注ぐ日光は「熱い」ほどきらきらしてて、今日みたいな晴天の日は
気温よりはるかに暖かく感じる。そんな空気はお弁当を食べるという楽しみの一つにもってこいだった。
白いご飯に好物ののりたまふりかけをかける親友にあたしがさっきのメモ用紙を手渡すと
親友は「ふーん…」と興味なさげに返事をした。
興味なさげじゃなくて、本当に興味ないんだろうなって思ったけどそんな彼女だからこそ聞いてみたかった。
感情に流されない、第三者の客観的な目でみてもらいたかった。
恥ずかしながら、モテるわけじゃないあたしは告白なんてそんなことされたことがなかった。
だからこそよくわかんない。あたしは本気にとっていいのか冗談なのか、そんなことを相談してみた。
彼女は数秒黙ったあげく、クリームコロッケに手をつけた。そんな彼女の答えは「そんなのどっちでもいいじゃん」。
彼女曰く、今時と言ったって恋愛経験の乏しいあんた(つまりあたし)に言われる筋合いはないだろう、
こうやって告る子だっているんじゃない?ってことと
冗談でも脅されてるわけじゃないんだから別に行っても害はないだろうってこと。
もしその子が本気だったなら行って気持ち受け止めてみないとダメと言われた。
今日最後の授業は地理で、6時間目にこの授業というのと疲れと放課後のことで
気だるさは増していくばかりだった。
あたしはクラスの中心に座っているにも関わらずあたしの耳に音は入ってこない。
先生は口パクみたいに見えるし、誰かが筆箱落としたのも、半分後ろを向いて小さい声で
喋っている女の子たちも、まるで音がなくて、あたしは音声が入ってないテレビを見てるみたい。
(確かに本気だったのに冗談でとられて流されたりしたら、屈辱的だよね)
あたしは窓側の一番前に座っている丸井を見つめていた。
気がつくと目が丸井を追ってる。後で思うと「何乙女ぶってんだか」って嘲笑したくなるけど
それでもあたしの今の一番の気持ちがそこにあるから、笑ったあとには必ず切なさに襲われる。
地理の授業なのに珍しく起きてる彼をしばらく見ていたがどうやら真面目に受けてるわけでも
ないらしく、窓の外に見える見晴らしの良い景色をぼんやり眺めていた。
真面目に受けるわけがないか、とあたしは心の中で笑う。
もし本当に告白されたら、丸井にも言ってみよう。そしたらちょっとは焦ってくれるかもしれない。
焦った勢いで何かアクション起こしてくるかもしれない。
あたしはありもしないそんな淡い期待を胸に抱きながらゆっくり目を閉じた。
放課後の体育館裏。窓からこぼれる夕日に照らされて
バスケ部の威勢のいい掛け声を聞きながらようやくはっきり聞こえた言葉は
「ずっと好きでした。付き合ってください」
あたしは案の定本当に告白されていた。恥ずかしいけど告白って、こういうもんなんだって初めて知った。
遊ばれてるわけでもなさそう。性格も喋り方も良いし、何よりまっすぐな目だった彼は疑いようがなかった。
さっきまでずっと冗談にとったり疑ったりしてごめん、と心の中で手を合わせて謝った。
男慣れしてないってバカにされるんだろうな。あいつじゃないけどあたしの体温は上がってるよ。
さっきの告白の言葉が、丸井からだったらあたしはどれだけ喜んだだろう。
あたしはいつの間にか彼に丸井のシルエットを重ねる。
数秒たってはっと気付き、自分の妄想の愚かさを恥ずかしんだ。
見えていそうで見えない罪悪感に追われて、あたしは彼の目から逸らした。
あたしはまだ何も言えてない。
「あの、気持ちは凄く嬉しいんだけど」
藤野君はそう切り出したあたしの言葉を、最後まで言わせないかのように言葉で遮った。
「さんって、」
「?」
「…丸井くんと付き合ってるの?」
あたしは今、大ダメージを受けた。驚いたとかショックとか、そんなんじゃない。
あたしたちは絶対にお互いを想ってる。あたしの方は確実に丸井を想ってて、
丸井も口にしてないだけで、あたしを想ってるはず。それは女の子の勘でなんとなくわかるものだ。
だけど実際は?現実はどうなの?
そこまでわかってるのにそこから抜け出せないのはなんでなの?
足りないのは言葉?あたしの性格?
ただの「友達」だっていう事実が怖くて仕方なかった。
「…別に付き合ってなんか、ないよ」
「じゃあ…好き?」
「!!…す、好きじゃないよ、別に!」
あまりの突然の質問、しかも免疫のない質問だったから驚いてしまったあたしは、答えてからはっとなった。
だけど、気付いたときにはもう遅い。あたしはそれすら口にするのが辛くなってたんだ、って。
「そうなんだ。…よかった」
「え?」
「俺にもまだチャンスあるなぁって。」
あたしは藤野君の屈託の無い笑顔とその言葉を聞いた瞬間、あたしが「焦り」を感じたの。
"チャンスがある"
それはあたしに向けられた藤野くんに限ったことではなくて丸井に向けられたどこかの女の子達
にもありえることで、その瞬間は今なのかもしれない。何が一番不安かって、
丸井があたしのものじゃないってところだ。どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう。
下手に手出しをするより今の関係で充分だなんて、そんなの無理。男女間の友情には限界がある。
あたしは初めて告白されたことより、それによって考えさせられたこのことで無駄にも焦る。
あたしは固まって動けない。これより先を、どう過ごしたらいいのかわからない。
返事はいつでもいいからと言われてとり残されたあたしはまだ夕日に照らされてる。
まだ紫外線も強くない時期だけど、じっとしていたら腕がひりひりしてきた。
臆することはたくさんあった。それ以上に伝えたい感情もたくさんあった。
だけどそれを全部出せずにいたのはあたしの性格なんだろうか。じゃああたしたちの今までの時間は
全部無駄に終わってたの?「あたしたち」じゃなくて「あたし」だけだったの?ただの一人舞台。
どうしようもない不安はだんだん形がはっきりしてくる。
そしてそこにある感情の一端はただ一つ「好きだ」って事実だけ。だけどこんなにもこの気持ちが
肥大してるだなんて自分自身に気付きもしなかった。
あたしは赤くなった右腕を押さえて、固まった足が急に解けたように階段を駆け下りた。
全ての感情が上手くいく物語はどこへ行ったんだろう。
このとき体育館裏にいたのはあたしと藤野くんだけじゃなかったってことがわかったのと
そのことがあんな誤解を生むとわかるのは次の日だった。
No
signal
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一話一話も短くて連載もおそらく短く終わるであろう話(願望形)
(07/0502)