夢、見てたんだよ。それで終わればどれだけ楽になれるんだろう。





    白 地 図 






所属していた委員会が急に召集をかけられ、そして長引いたせいでずっと座りっぱなしだった
俺の足は運動をしたあとにくる乳酸菌がたまっていくような、そんな感じにダルかった。
そんな重い足を持ち上げるようにして部室へと歩き始めた。
(こんなの入るんじゃなかった)
壁に遮られた音はクリアに聞こえるわけがなく、外と内の世界で区切られたかのようだった。
それでも何処からか必ず音は聞こえて、自分が所属しているからだろうか、不鮮明ではあったが テニス部の音は他の音よりもずっと近くに聞こえた。

今日は自主練だし、後から混じったってわかりゃしない。
内なる自分が気だるそうにそう考えると重い足は更に錘を付け、俺の足を強く引っ張る。
自分の反射的な意思ではあるがこんなにも重い足をわざわざ動かしたいとは思わず急ぎはしなかった。
いっそサボってしまおうかなんて考えたが、それは俺のプライドが許さないのでやめておく。
自分の足音が跳ね返るように聞こえる静が過ぎるこの廊下は明るさもだいぶ落ちていて
帰宅部生の下校時間からずいぶん時間が経っているんだと感じ、なんとなく寂しくなった。


昼間見える白い壁は単に暗いというだけでなく、よくわからないけど「闇」という字が
似合う気がした。あの昼間の姿からは想像できないくらいだった。
(あれ、うちのクラスだけ電気ついてる)
周りが暗いだけにドアの窓からこぼれる光は妙に明るくてなんとなく職員室を思い浮かべた。
出かけたため息を再び飲み込んだ。
(誰かいるのか?)
光は白い壁に反射してその部位のみをさらに明るく照らす。
ドアをガラリと開けると真ん中あたりの蛍光灯が切れ掛かっているのか
時々波打つように消えたりついたりしてる。それはとてもよく「闇」に合っていた。
それに気がついたことと同時に机に噛り付くようにして張り付いている奴を見つけた。
俺がわかりやすく入ってきたのに目を向けるどころかピクリともせずに
まるで壊れた人形のようにだれていた。


、下校時間とっくに過ぎてんぞー。」


俺は特に何かをとりに来たわけでもない。
部活の荷物だって朝練のときから部室に置きっぱなしだ。
たまたまを見つけたので教室に入ってみただけだ。
だけど何もしないで立っているのは妙な恥ずかしさがあったので
とりあえず自分の机の傍まで行き机の中から何かを漁るような仕草をしてみた。
何も入ってないことはわかっていても 何かしていないと落ち着かなかった。
(寝てんのかな)
自分に背を向けたままのは何も言わずやっぱり動かなかった。
数秒、皴が伸びきっていないブレザーを見つめていた。

「…わかってるよー。」
(何だよ、起きてんじゃん)

俺が喋りかけてから会話として成り立たないくらい間が空いてから静かに一言だけそう言った。
は答えながらも帰ろうという素振りもみせず、起きようともしなかった。
動いているといったら上履きの踵を踏んだまま単調なリズムを取っていることくらいだろうか。
そのリズムはがイメージしていたものかは知らないが、
俺の頭の中では既に音楽が流れていた。
しばらくするとはため息を軽くつき、足を止めた。俺は何をするでもなくただの前の席に座り窓越しにテニスコートを眺めた。



「もう部活とっくに始まってんぞー。」
は俺の真似をしたのか、白い指でテニスコートを指し、おどけた感じで言い終わってから嘲笑した。
その笑顔を見たときはゾッとした。あの「闇」に似ていた。
もうそこに溶けてしまうかのように、帰ってこないかのように、笑った。

「あれ、受けなかった?結構似てたと思うよ。」
「るせぇ。お前何やってたの?」
「そういう丸井は?裏拳はイタイよー。」
「俺はいいの。で?」

しばらく間が空いていた気がする。けど俺は急かそうとはしなかった。
が言葉を出すまで待った。
こいつと話していると時間感覚がまるで無くなる。けれどそれは心地よい間だった。

「夢見てた、っていえばいいのかな。ながーい夢。けどそれももう終わり。」

相変わらず起きようとしないは意味もなく髪をいじったり、細い指に巻きつけた。
この光景はみたことがある。
同じシチュエーション、同じ奴、同じ言葉。デジャヴってやつとはちょっと違う。

「あ、なんかあたし前にもこの光景見たことある。デジャヴかなぁ?」

俺は答えなかった。何も言わずにグラウンドを走らされてる赤也の自由に揺れる
くせっ毛を眺めながらの声を耳に通していただけだった。はやっと体を起こした。
ほんの少し濡れた机をそっとブレザーで拭い俺に顔が見えないように角度を変えた。


化粧を好まずとするの長い睫には水分を含んでいる感じがした。
わずかなその水滴は夕日を通しプリズムのように光を放っていた。
さっきは目元を指で拭ったんだろう。けど俺はそれを気づかない振りをする。

「成長、してないなぁ、あたし。あ、赤也くん走らされてる。」

はしばらく窓の外を眺めていた。教室全体に時計の一定のリズムが響き渡る。
何でもない音だったがこの状態とは全く噛み合わずに何か違和感があった。




「丸井、ごめんね。ホントに、ゴメン。」

やっぱり俺は何も言わなかった。鈍感なこいつが俺の存在に気付いてくれれば話しは早いけど、
こいつにはこのままが一番いいのかもしれない。何も声をかけてやる必要はないと思った。
は視線をテニスコートからずらし首をだらりと下げる。

もうそろそろ日も沈む時間だ。
そう自分らしくないことを思った瞬間、ナイター用みたいな大きいライトがつき始める。
ボールの軽快な音は鳴り止まない。


「このままで、いいんだよ。」

初めてが体をこちらに向けた。
声も出さずに大きい瞳で不思議そうに見上げる。
この気持ちは、これは俺の自惚れだ。けどやっぱり今はそれで充分だった。
自己満足で繋がっているだけでも良かった。何でも良かった。
俺たちに、俺に必要なのはマイペースだから。誰にも流されることなく、ただマイペースに。

「俺はずっと変わらねぇから。」

の少し驚いたような顔はまた俯いた。そして静かに笑った。そう、笑った。
心の中に、安心している自分がいた。ずっと変わらないでいたい。
この時は思い出の一瞬として過ぎてしまうけど、この気持ちを保つことが一番いい。

日は完全に沈みきっていた。