ONE's
01.
旧
校舎
初めて授業をさぼった。部活も三日間無断欠席した。
あたしは今もうすぐ取り壊される予定の旧校舎の一教室にいる。
朝からずっとこんな感じだ。カーテンは閉められ、電気もつけず窓からの木漏れ日だけが
頼りのこの教室は以前使っていたはずなのにとても古びて見える。
色で例えるなら茶色。セピアだ。
新校舎に移ったばかりのときは格好のさぼり口となっていて
ちょっと前までは日中でも先生や警備のおじさんが見廻りをしていたらしいが
そのお陰でさぼる人がほぼいなくなったので見廻りも警備も不要になった。
だから今ここはほぼ無人で、たまに取り壊しに関しての業者の人とかが通ったりはするけれど、
あたしに気づくわけもなく階段をあがっていく。
誰もいない領域は全てあたしのもの。そう錯覚してしまいそうだった。
時々携帯にメールが来るらしく突然バイブが震えて少しビックリしたが
大概迷惑メールかチェーンメールのようなくだらないものばかりだったので
無視しておく。ただ、何もせず、うずくまって。
時間がわからなかった。
この教室にも時計はあったのだけれど力のなくなった壁掛け時計は
頑張っても秒針が重力に逆らえずちょうど8のところまできてまた6まで戻ってしまう。
その間を行ったり来たり繰り返している。あたしは少しだけそれを眺めていた。
あたしの腹時計は当てにならない。あたしの腹に住んでる虫は気まぐれで
どうも決まった時間には鳴いてくれない。
ちょうどお昼時に鳴くことだってあるのだがそれはあまり無く、
たいてい三時間目あたりで動き出したり、あるいはさっそく一時間目で
鳴き始めることもしばしばある。
あたしの体内時計はどうやらあたしの本能のみで構成されているらしい。
今日は、ずっと前に鳴き止んでしまった気がする。
こうしてじっとしているとやがて体温も下がってきて、
うずくまっているだけなのもなんだか鬱陶しい。
そう考えていると急に睡魔はこちらへとやってきてあたしをあっちの世界へ誘う。
素直に従うのはなんとなく嫌で反抗しようと瞼を押し上げたが
いつの間にかあたしはそいつに負けていた。
まだ日は高い。
幸村は練習前のミーティングを「解散」の合図で各自の練習に付けさせてから
柳を呼び止めた。幸村が呼び止めた理由はだった。
練習前に特定の人を呼び止める幸村が珍しく柳の横にいた切原は柳と一緒に足を止めていた。
「今日は学校にも連絡が入っていないそうだ。」
「そうか…」
幸村が数秒柳から目を逸らして考えていると柳の隣にいると
余計小柄に見える切原が視界に入る。切原は不思議そうな顔をしている。
表情に出てわかりやすい。幸村は小さく自分の中で頷いた。
「赤也、頼まれてくれるか?」
「?…別にいいっスけど。」
「を探してきてほしい。」
「え、それって先輩の遠ーい家まで行けってことっすか。」
露骨に嫌そうな顔とわけが分からないという微妙な顔ををしたので
幸村はそうじゃないと笑いかけた。
「この校舎内にいるはずだ。いなければ、旧校舎に。」
切原はまだ納得できずため息交じりのはぁ、という曖昧な返事をした。
「けど先輩、今日学校休みだったんでしょ。」
切原が身長差のある柳を見上げて問いかけると柳もあまり推測できていなかったのか
少しだけ眉間に皺を寄せて「ああ」と簡単な返事をした。
切原はまた分からないという表情で幸村を見た。
「朝、見たんだよを。今日は朝練休みだったから呼び止めなかったんだけど。それにあの子に探させると逆に面倒だから」
幸村はそう言って太陽にあたって鈍く茶色に光る髪の毛の
小柄な二年生のマネージャーに目を向けた。
それにつられて柳と切原もそちらを見る。
入ったばかりで突然頼れる先輩マネージャーがいなくなったので
どうしていいかわからずに今現在仕事が無いにも拘らず落ちつかずにあたふたしている。
「…了解っス。」
「居そうな場所見てそれで居なかったら帰ってきていい。」
「っス。」
切原はフェンスにラケットを立掛けると校舎に向かって陸上部の練習を、
グラウンドを突っ切っていった。
幸村と柳はそれを見届けた後再びコートに目を向けた。
ちょうど風向きが変わり始め、夕方に向けて気温が下がる頃だった。
柳が幸村に向かって言いかけたときだった。真ん中のコートがざわめきはじめた。
「おいブン太!」
丸井はネットをラケットで強く叩くとコートをずかずかと抜けていこうとした。
アップで軽く打ち合いの相手をしていたジャッカルが丸いの後を追いかける。
丸井はラケットを地面に打ち付けるような勢いで歩いていた。
「幸村、俺帰るわ。」
「待て。」
コートはいつの間にか静まっていた。冷たい風が吹いてきた。
勢いでフェンスのドアを開けようとしていた丸井を幸村は
その一言で止める。幸村が真田に目で合図を送ると真田は小さく頷き
威厳のある言い方で各自練習に戻るよう統制した。
「んだよ。一日ぐらい、いいだろ。」
「…気持ちは分からなくもない。」
幸村はため息混じりに丸井と目を合わせた。幸村のその言葉とその行為に
丸井は少し打ち顰めた。幸村は優しく微笑みかける。
「引きずるなとは言わない。ただ、部活には持ち込むな。これくらいわかるだろう。」
丸井よりも大分背が高い幸村は丸井を見下ろす形で話している。しかし何故か同じ目線で
話しているような感覚になる。安心感に似ている。これが幸村精一のずば抜けた人間性
なのだろうか。誰もが信頼できる、そんな特性はここからきているのだろうか。
それは自然と丸井を正気に戻した。また風向きが変わっていた。
丸井は幸村から目を逸らして小さく「悪ぃ、」と一言いうと何か物言いたげだった
口を押し殺すように閉じ、もと居たコートに戻った。
「丸井もも、似たもの同士なんだな。」
柳は静かにそう言った。幸村は優しくも困ったような笑みを零した。
突風が吹いてイチョウの葉が何枚か流されていた。
こっそりこっちにアップ。気分次第で更新します。
朝比奈 依智