「あ…暑い…何なのさ、これは…」
「お前暑い暑い言うなよ…こっちまで暑くなるだろぃ…」

灼熱コンクリ地獄は都会に住む人々を惜しげもなく苦しめる。今日だけで熱中症で倒れたお年寄りが
50人を超えたというニュースに軽い親近感に似たものを覚えながら熱され続けるコンクリートの上を
ビーチサンダルを挟んで歩いていく。
ちょうど真上を通る太陽の間には雲ひとつなく、遮るものもない。つまり日陰ができない。紫外線直通脳天ストレートに
早くも空振り三振して挫折しそうだった。



「こんな日にさ、わざわざ夏期講習サボっただけで呼び出す教師ってどうかと思うよ…」
「ホントだよ。この通学路に生命の危機がかかってんだよ。俺今日部活オフだったんだぜ…」
「うわーマジで?あたしもプール約束してたのにさぁ。アイツ何回も電話してくんの、うぜー」
「俺も…携帯にもかかってきたし…サボりくらいどーでもいいじゃねーかよ…」
「ないわ、マジで。知らないのかなぁ?あたしが夏大ッ嫌いなこと。」
「知るかよ、んなこと。」
「あたし我慢できないの。だいたい我慢していいことなんて一個もないでしょ。」
「知るかよ、んなこと」
「…うわー適当だー」
「知るか…」
「丸井くん」
「んだよ」
「相当きてるね、君」





さらにミンミンゼミが拍車をかけるようにどこからともなく鳴いている。暑さを強調しているようでブチ切れてやりたかったが
無駄な動きで暑さを凌げるとは到底思えず、目的地もなくひたすらだらだら歩いているだけだった。
家の庭などでたまにみる子どもたちが小さいプールではしゃいでいる。ホースで思い切り顔にかけたり水鉄砲で戦ったり。
甲高い笑い声はイライラを募らせる。目の前がはっきりしてこなくなって、互いの口数はどんどん減っていく。






「あーもう死にたいー…何考えてんのよ神様はー…ていうか神様Sじゃね?どんだけサディスティック?限界まで追い詰めたいの?」
「…さん」
「何」
「君も相当きてるよね。」
「そりゃあきてますよ。自分でもわけわからない…」
からサディスティックなんて言葉が出てくるとは思わなかったよ」
「…確かに男子にそんなことを言ったのは初めてだわ」




もう苦笑も出来ない。冗談じゃなく、暑くて死にそうだった。真っ直ぐに歩くことすら難しく、たまにガツンとお互いの体がぶつかる。 そんなことにも何も言えなくて気にすることはできなかった。


「喉、渇いた…」
「口の中乾いて気持ち悪いんだけど。」


もとはといえばクラスでも断トツで劣等っぷりを発揮しているこの丸井ブン太とがお前らは絶対来いよ、
と言われていた夏期講習に一度も来なかったことが原因だから、自業自得だと言われれば何も言い返せなくなる。
だが、この暑さは殺人的だと反抗したくなる。
劣等といっても頭が悪いわけではなく、授業のサボりがかなり多いという生活習慣の乱れだ。特には夏場の授業はほとんど出ない。
その理由は先ほども自分で述べていた通り、「夏が大ッ嫌い」だからだ。一応エスカレーター式の学校ではあるが、
それに見合った成績と出席率が供わっていないと進級できない。だが休み中の登校でなんとか補ってはいける。
要するに夏期講習に絶対出ろといわれたのは、今の状態では進級が危ぶまれているということだ。
そんなことを気にも留めず、ただ暑さに文句を言ってコンクリ砂漠をふらふら歩く。




ひたすらコンクリートに一本道が続く。湯気でも出てるんじゃないかってくらいで、遠くのほうに蜃気楼が見えそうだった。
地面に目をやると、ミミズが丸く干上がっている。何もいえない。喋ることすら面倒で、だるい。



「ちょっとタンマ。あたし無理、もう。蒸発しそう。」
「あーもうしちまえ。いっそその方が楽だぞ。」
「…昇天したあたしをちゃんと家まで送り届けてくれますかね。」
「…」
「…」
「…無理」
「あー!今あたしの体系見て言ったー!ひっどーい!」
「あーうるせーうるせー!騒ぐな!そんなん見てねぇよ!」



道の真ん中で馬鹿なやりとりをする二人の間を、一通の自転車が通り過ぎた。ちりんちりんと軽快に、
且つとてつもなく迷惑そうにベルをならしながら、おばさんが通り過ぎた。
さらにイライラする。もうおばさんごと蹴り倒してやりたい。 そう思いながら自転車の荷台を目で追う。
騒いだことが、無駄なエネルギーを消費したと感じたのは会話がなくなってからで叫んだせいで体がさらに暑い。










もう無理だ。二人が同時にそう感じて、膝に手を付いた瞬間だった。
二人のビジョンには溢れんばかりの光を放った、輝かしい自動販売機がそこにあった。
自動販売機を本気で神だと感じたのはおそらく今日が初めてだろう。
先ほどのうっとおしいまでの暑さを一気に吹っ飛ばすかのように二人は財布を捜し始めた。


「よっしゃーあたしが先ー!」


そう言いながら、素早い手つきで150円を入れると考えもせずに缶の500ミリリットルの炭酸飲料を選んだ。
飲めれば、どれでもいい。そんな感じだった。


「うわッふざけんなお前ッ…ていうか俺財布持ってねぇし!」
「嘘ッ?可哀想ー。」
「棒読みだな。」
「どーしよっかなぁ?奢ってやってもいいけどさぁー?うふふ、あたし報酬厳しいよ。」


は優越感に浸りながらごくごくと喉に流していく。缶の外から垂れる水滴がコンクリートに染みを作るごとに
丸井のイライラは募っていく。数秒もしないうちに我慢しきれなくなって丸井はの手から缶を強引に取ってやった。


「うわッ超うめー!」
「…」
「何、怒ってる?しょうがねーだろー限界だったんだから。もさっきまで一緒だったろ?」
「…」
「…今度奢るから!」
「…あたしの…ふ…せつ…」
「え、何?」

丸井が聞き返した途端、は少しだけ背の高い丸井を上目遣いで睨んだ。丸井はその形相にぎょっとする。
そこまで怒ることじゃないよな?、と自分に問いただし答えが出る前にに胸倉を掴まれた。


「あたしの!ファースト間接キス!」
「…はぁ!?」


目を丸くして驚いた丸井に急に自分が言ったことが恥ずかしくなったのか、気が抜けたのか、先ほどまで騒いでいた
コンクリートの地面にへなへなと座り込んだ。もう手に暑さは感じられない。
しばらく座り込んでいたを見て、よくわからない動揺にさらされた丸井はとりあえずごめんと一言謝った。

「…馬鹿にしてるでしょ。」
「…してねぇよ、別に。」
「何コイツ、間接キスくらいで、みたいな?」
「だから何も言ってねぇじゃん!」
「なんかせっかく涼しくなったのにホント、すいませんね。一人で馬鹿やって。うん、帰りますよ、あたし。それあげる」

よろよろと重い足取りでやっと立ち上がったは、一度蘇生したかと思われた目が再び輝きをなくしていた。
ビーチサンダルがパコパコと音を鳴らす。左右をふらふらしているに丸井は見ていられなくなった。の腕を掴む。


「ちょっと待ってって。」
「なんすか。」
「…その、俺も」
「?」
「間接キス、初めてなんだけど」
「…え、嘘」
「…」
「…マジで初めて?」
「…」
「…」
「あーもう!なんかお前のせいで俺まで恥ずかしくなったじゃん!いちいち口に出すなよな!」
「え、逆切れ?しかもあたしのせい?なんでよ!あたしは…あたしで動揺してんの!意外に純なんだから!」
「仕方ねぇだろ!俺だって同じだよ!」




タイミングが良いのか、悪いのか、それはギャラリー次第だが自転車のベルを弾きながら今度はおじさんが間を割って通っていった。
若い子は元気でいいねぇ、とでも言いたげに二人を見て過ぎ去ったので二人の動きはぴたりと止まり
そしてまた急に我に帰って恥ずかしくなった。
もちろん二人におじさんへの殺意が沸いたのはいうまでも無い。


「…帰りますか。」
「…ですね。」


暑さとだるさを共有して同調していた5分前から大きく何かが変わった。
この缶ジュースをどちらが持って帰るかでまたいざこざが始まる前に、心の中で合致して
自動販売機の横にごめんなさいと小さく謝って置いた。


気が抜けると、またダラダラして、気が付くとお互いの体がぶつかる。先ほどまではなんでもなかったのに今はびくびくしている。
目を合わせるのも、会話をするのも、気分が違う。



今年の夏は、まだまだ暑さが続きそうだった。




















  真夏日に捧ぐ
  
        い空




















(まぁあたしは丸井でよかったんだけど)


















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すっごく前に書いたんですが、アップし忘れてました(笑)
私にしては会話が凄く多い…いいなぁ、青春って!と気が狂っていたときに書いたものです。



06/0812 朝比奈依智