「6−4!ウォンバイ…」
乾いて通るその声が周り全てを真っ白くして、汗が滴る。
今年の夏が来て随分経つというのに、その試合終了の合図とともに冷たい風が吹いた。
頬を伝う汗に沿って自分も冷えていく。鼓動はまだ高鳴って息も荒い。
汗は拭っても拭っても溢れんばかりにどっとでて止まらない。
自分の意思に反して肩はがくりと落ちる。動くことさえも、前を直視することさえも出来なかった。
ここにいる理由
練習試合の一部始終を見ていたは、なんとか我慢しようと暫くはコート外の応援席でじっと座っていたが
ふっと思い止ってみてみると、いつの間にか体が勝手に動き、赤也のあとを追ってしっかりスポーツドリンクまで
買って控え室の前まで来ていた。は視線を落とし、ため息混じりに自分に呆れる。
自分も末期だな、と考えながら静かに中を覗く。
他の立海の選手はまだ戻ってきていないようで、混沌とした部屋には切原以外の誰も居なかった。
その切原はドアもまともに閉めず、スポーツタオルを頭に被ってベンチにボサッと座っているだけだった。
表情が見えない。わかっているのはが来た事すら気付いていないということだった。
は数秒切原を見つめる。微かに聞こえるテニスボールの音は未だに終わらない試合を告げ続けている。
勝手に部屋へ入ると散らかった鞄やボールを足で乱暴に除けてずかずかと切原の近くへと近づく。
「お疲れ様。」
そう言いながらは自分の手に持っていた、スチール缶の青いスポーツドリンクを切原の頬に当てる。
すると切原は余程吃驚したのか目を見開いてこちらを見上げる。
であることをゆっくり確かめると、先ほどの様子からは想像がつかないくらいにへらっと笑った。
はそれににこりともせず、切原の目の前のベンチに腰掛けた。
「差し入れどうも。」
「うん。」
は切原の飲み物のついでに買ってきていた自分の冷えた缶コーヒーのプルタブを親指で弾く。
一口口に入れると無表情だったその顔に苦虫を噛んだような歪んだ表情を見せた。
「…甘い。」
「…甘いのか。」
どうやらそいつは苦いんじゃなくて、甘かったらしい。
は一口ずつ口に流し込みながら未だに笑顔を絶やさない切原を無表情のまま黙って見つめる。
よくあることなのに切原は急にそれが恥ずかしくなって目を逸らす。自分らしくない。
の眼差しも一向に動こうとしない。割と饒舌なはずのが突然寡黙になってただ切原を見つめる。
らしくない。しばらく静寂が続いた。
「先輩たち以外に負けたのなんて久しぶりだ。」
今の状況で見つめられることがたまらなく苦しくなってそんなことをポツリと呟きながら下を向く。
渡されたスポーツドリンクをいまだに手の中で転がす。は自分の中ではあまり美味しくない
缶コーヒーを飲み干してしまうとプルタブを完全に外してしまい、飲み口から缶の中へと放り込む。
そして突然こんなことを口走った。
「赤也は、強くなったと思うよ。」
「…負けたのに?」
「勝ち負けじゃなくて、その後。」
「後?」
はそこまで言い終えると部屋をキョロキョロ見回して、缶のゴミ箱を見つけるとすかさず
投げた。それは綺麗な放物線を描いて計算されたかのように目的地に素直入っていった。音まで美しい。
「うん。荒れなくなった。」
切原は一瞬呆気にとられて言葉が返せなかった。
「前酷かったもんね。先輩後輩関係なしに当り散らしてた。」
その言葉を聞くと同時に恥ずかしい過去のように自分の記憶が蘇る。真面目に言っている筈なのに
どこか笑われているみたいで余計に小さくなる。実際は声にこそ出さなかったが軽く微笑んだ。
「あれはお前、昔の話で…」
「確かにね。うん、昔の話。」
は少し口を尖らせた切原を見ながら一度言葉を切る。窓から聞こえてくる木々のざわめきは
時として安らぎを生み、あるいは焦りを生む。よく聞けば二度として同じ音は聞こえてこないことに
気付く。そして繰り返される無意味な徒労はさらに気だるさを生む。
「2、3回目くらいになると先輩たちは慣れたみたいだったけど、あたしは近寄ることすらできなかった。」
無力な自分を思い知らされる。自分はちっぽけで何もしてやれない。
自分にすら何も出来ない。切原は一口、さらにもう一口喉へ通すとちらりとをみてすぐに下を向く。
「まぁ、別に昔の話なんだけど。…だからなんて言うの、成長したんだなぁって。」
は控え室から見えるテニスコートを窓から覗く。遠くに見える選手たちはまだボールを打ち合っている。
端整な顔立ちのの横顔は傾きかけた太陽に晒されてさらに美しい。
「あたしが言うことじゃないけどね。」
薄暗く色彩のなかった控え室にもオレンジ色の光が伸びた。
その一色が入るだけで華やかになり、別の景色を見ている気がした。
言葉を切る。何かがふわりと飛ぶように、が振り返った。
ふっと考えるように目の焦点をずらすと、すぐに切原を見て真顔で口を開く。
「…ねぇ、赤也」
「何?」
「あたしのこと、好き?」
このタイミングでまさか聞かれるとは思っていなかった切原は再び驚いたように目を開く。
自分からに言うのはもう慣れて抵抗なんか全然ないのに、聞かれて答えることには何故か言葉が止まる。
は先ほどと変わらぬ表情できゅっと切原の目を見つめる。
「…好きに決まってんじゃん。」
「…」
曖昧に目を逸らした切原に何も答えずまた同じように見つめる。
急にドキドキして、切原は頬を紅潮させながら諦めたように前を向いて、に向かってぶっきら棒に答える。
全部、見透かされているみたいだった。
「…大好きだよ!」
それを聞くとは「そう」と一言言って切原に笑いかける。
と目を合わせるのがなんだか怖かったり、恥ずかしかったりして再び目を逸らした。
これ以上目を合わせてなんかいられない。部活中なのに、自分がなにするかわからない。
そう考えて手に顎を乗せたまま横を向いた。
「だったらさ」
はまた言葉を続けた。
「だったら強がらなくたって、いいんじゃない?」
「せめて、あたしの前では」
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結構前に書いた企画withに提出した「I'm here」のもとネタ。
ホントはこういう引っ張ってくれるヒロインさんを書きたかったんですけど、
企画夢としてどーかな思ってやめました。なんか暗いし、あたしっぽくない(笑)
(061218)