世の中要はタイミングで、上手くいってたこともタイミングを失えば全く価値のなかったものにされる。
逆に言っちゃえばどれだけ中身が薄くたってタイミングを計れば結果的に全て上手くいったようなこともある。
どっかの詐欺師はそのタイミングの使い方が凄く上手いらしい。覚えの無い振込みさせるのも、
突然感傷に浸りたくなった未亡人も、どれだけ捨てられようと必死についてく人妻も
その詐欺師が見たタイミングで全部落ちるんだって。

まぁあたしにはそんな話よくわかんないけど、でもやっぱりタイミングなんだよ。
人間のタイミング、隙。付け入る間があるから人間関係やってこれたんだよね。
それってすごく当たり前で、すごくありふれてて、すごく単純だけど、
あたしはそれで今までたくさんすれ違ってきた。



日直だったあたしは白みかかった黒板を、もとのきれいな深緑色に戻すために力を入れて拭いてる。
何度も黒板消しをきれいにして、何度も何度も繰り返し消してる。何やってんだあたし。
あたしが真面目に懸命に仕事をこなしてる後ろで、何をするでもなくイスをがたがたさせながら
あたしの後姿を見つめる奴がいる。同じ日直でこいつには学級日誌を任せたけど
案の定そのページはまっさら。何もしないんなら黒板手伝えよっていいたくなるけど
責任感強いあたしは一回やり始めたことはこんな仕事でさえも他人に頼りたくない。

明日の日にちとあたしの次の日直を書いて、ふいに壁に掛かった時計を見たとき気付いたのは
黒板の上の方がちゃんと消されてないこと。
ほんの数センチだったけど、あたしはそれが無償に気に入らなくて、全部消したかった。
背伸びをする。小さくもなかった背は大きくもない。つま先がつりそうで、伸ばした腕に力はない。
自分を後ろからみた姿を想像したら、物凄く滑稽だった。別にいいけど。


そしたらあたしの手から黒板消しがとられた。
さっきまで暇そうにイスに座ってたくせに、あたしの後姿ばっかり見てたくせに
横にいて、あたしの上から見下ろしながら取り上げた黒板消しで黒板の上のふちを何も言わずに簡単に拭きあげる。



あたしはもう片方の手に持ってた黒板消しを、あたしがきれいにした黒板に投げつけた。いい音した。
別に怒ってるんじゃない。ただ気に食わないだけ。あたしは黒板をやめてカーテンを開けながら窓を閉める。
どうしていつも、あんたは一歩遅いのよ。



そうだよ、あたしたちはタイミングが合わないんだ。


「」

英二はあたしの気まぐれのとばっちりを受けたところもきれいに消して、久しぶりにあたしの名前を呼んだ。
まだほんのりだけど、夕方は冬の匂いがして、あたしはそれがちょっと好き。

「なに」


久しぶりに晴れた日だから、雲の間に見えた橙色がかった水色が儚く美しい。
こんな日に屋上のぼって音楽でも聴きながら黄昏るのも、たまにはいいかもね。
そんなことを想いながら、屋上で向き合ってる男女を見てた。特に興味はないので英二に言うでもなく
しっかり鍵を閉めたことを確認して、あたしは自分の机に鞄を取りに行った。




「俺、がすっごい気になるんだけど。」


やっぱり全部タイミング。
ほんの数ヶ月前までは順調で、あたしだって英二だって自分の思うとおりにお互いが動いてたはず。
だってあたしは英二が好きだったから。
だけどあたしの自分勝手な被害妄想に似た感覚であたしと英二に流れてる時間が違うって感じ始めたあの日から
あたしは自分の気持ちを押し殺してみた。そしたら意外にあっけなくて脆かった。





ねぇ、今更って言葉、知ってる?
あたしはただずっと黒板と向き合ってる英二を眺めてた。あたしの届かなかったとこも、あたしが汚したとこも
全部きれいに、再び深緑がきれいな黒板になっていた。あたしは勝者?敗者?そんなのしらない。


「気のせいだよ」








春に溺れる