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ジリリリリッ

「みんな逃げて!早く!」

ジリリリリッ

熱い、熱い。電気が落ちて薄暗い上に充満してきた煙のせいで何も見えない。私は突っ立ったままだ。
動かそうとする神経をどこかに忘れてきたみたいで、ただ周囲の無秩序さを呆然と眺めているだけだ。

このまま死ぬのだろうか。

目の前にある世界と私の耳はずれている気がして、不思議と誰の悲鳴も聞こえない。
ずっと近くで鳴っている火災報知機の無機質なベル音しか聞こえない。

ジリリリリッ

助けに来てよ。誰でもいいから私を助けて。動けないの。起きられないの。
早くしないと、間に合わない。早くしないと、遅刻しちゃう…



…ん?遅刻?



!何やってんのあんた!遅刻するわよ!」

ジリリリリッ

私に被さっていたものを急に剥ぎ取られたかと思うと、すぐ次に怒鳴られた。
朝日が目に差して何も見えなくなっていた私は更に状況がわからず、その声があるほうへと向かいたかった。

「き、救世主。」

ぼんやりとしている目の前の人影を指差して私はそう口走っていた。

「何分けわかんないこと言ってんの!時間見てみなさい!」
「え?…あぁ、うわっ!!マジ!?」

ジリリリリリリリ プツッ


ようやく夢だったと気付かされ、今更慌て始めた。
丸くて青いお気に入りの安い時計の差している時間は八時十分。家から学校まで早くて二十分。ホームルーム開始時間は八時三十分。
どう考えたって間に合わない。
何もできず、サァっと背中が冷え始めた。頭の中は「どうしよう」で一杯だ。それしか出てこない。
浮き足立って左右にうろちょろしてしまう。遅刻は私の正義感が許さず、一度もしたことがなかったのに、
現在そうなってしまいそうな大ピンチだ。目を瞑っていた自分を思い浮かべ、とてもそれを憎んだ。

「お母さんも家出るからね!お弁当と一緒に朝ごはん代わりのもの入れておくから学校で食べなさい!」
「うぅ…ありがとう。」

いつも制服のスカートを腰のところでひとつだけ折り曲げて少し短めに見えるようにしているのだが、
そんなことを考える暇も無くとにかく目の前にあることをひたすらするしかなかった。
私は半べそを掻きながら弁当の入った紙袋を持ち、なるべく急いで外に出た。
狭い家の前にむりやり四台も自転車を置いている上に今日に限って私のは一番奥にあるという不幸中の不幸。
回りも自分にさえも構っている暇は無く、車や体にぶつけながらもなんとか引きずり出した。
(なんてタイムロス。)
携帯のディスプレイを見る。八時二十三分と表示されている。タイムリミットまであと七分。
私はハンドルを強く握りペダルに力をこめる。あとは気合で乗り切るしかない。

「持久力学年一をなめんじゃねぇぇ!」

心身ともに壊れ、周りの通学、通勤者にはこれでもかというくらい引かれていたが、お構いなしにひたすらこぐだけだった。
明日は筋肉痛を覚悟しよう。

運よく信号は全て止まらずに(いくつか無視はしたんだけど)これた。
しかしやたら多い坂道には手こずった。いつも通っているはずの道なのになんだか多い気がしてならない。
それが私を虐めてるみたいでなんとか言ってやりたかったが、そんなことは無駄も承知でただただ足を回す。
大変だ、汗までかいてきた。先程キャラまで壊し、威勢のいい事を言ってみたが、事実に変わりは無く、
本当に泣きたくなってきた。










「やった、ギリギリセーフ」

私は自分のクラスの書かれたプレートを遠くにではあったが見つけた。
次に起こる不幸も知らずにホッと一安心、軽く息をついた。

キーンコーンカーンコーン…

なんと無情にもホームルーム開始のチャイムは廊下に鳴り始める。
なんともやり切れないおもいでキレそうになったがこのチャイムは成すべき事をしっかりやっているだけなので
反論したってすぐに何も言えなくなってしまう。それが逆に腹が立った。
そんなこと考えてる場合じゃない、と我に帰ると自転車で全力疾走したためにずっしりと重くなった足を
無理矢理あげて再び走り出す。しかしあまりに疲れていたのでなかなかスピードがでない。
先程に比べればほんの僅かな距離なのに進まない。
力尽きてしまった私は結局チャイムが鳴り終わった後、教室に向かい入れられる形になった。



「ホント最悪なんスけど。」

私は席が目の前の英二に朝からの不幸な出来事を片っ端からしゃべり終わるとそう言ってへなへなと机に頭を下げた。
新学期が始まって早々これだ。嫌にもなる。先程まで走っていたせいか頭の中がぐちゃぐちゃで
乗り物酔いする直前の感覚だった。気怠い。

「今年こそ皆勤賞って思ってたのになぁ…」
「まぁ来年もあるんだから。」

頭にポンっと手を乗っけられた。やめてよ。話すだけで精一杯の所まできてるのに。そんな風にしゃべりかけないで。
私に触れないで。わかっていても勘違いして期待しちゃうから。私の体を見れば一目でわかる。全身で鼓動を打ち始める。

「…それよりさ」
「?」

私が英二の気付かない所で動揺していると下がった声のトーンに自然と頭があがる。

「二度あることは三度あるって言うだろ。」
「やめてよーなんかまた不幸が起きそうじゃない。」
「いや、お疲れのところ悪いんだけど、現在進行形で起こってると思う。」
「…え」

情けなく開いた口を閉じられずにビシッと指差される。

「バッグ、どした?」
「!!!」

もう声も出なかった。私の持ち物は情けなくてなんと弁当とテニスラケットだけだ。
学校に何しに来ているのか自分でさえわからない。なんなんだろう、この学園どたばたコメディーの主人公に
ありがちなスタートの仕方。本当に阿呆らしくなってきた。今日は間違いなく厄日だ。
鞄を忘れてた私はロッカーを探してみたが今日ある授業の道具のほとんどは家に持ち帰っていたので
結局他のクラスの子にお世話になってしまった。











新しいクラスには知ってる子が英二しかおらず、女子に至っては見たことのない子ばかりだった。
今更マンモス校なんだなあと実感した。人並みに人見知りをする私はまだクラスに馴染めない。
自分から話し掛けたりもしなかったのだが始業式の次の日からのお昼まで英二以外の誰からも声をかけられなかった私は
可哀相な子に見られたのか近くの子に一緒に食べよう、と同情めいて誘われた。
断る理由もなかったので小さく相槌を打って机後ろに向けた。

去年同じクラスで仲良かったはずの子はクラスが違ってしまったのを境目に全く接点が無くなってしまっていた。
親友だとおもっていたのも、私の思い込みだったのかな。理解してくれる人が傍にいなくて急に不安になる。

頼みの綱だとさえ感じていた英二はどうやら早々とテニス部の人の所へと言ったらしい。小さく息をつく。
比較的地味でもないが派手ではない子達だったので話題を見つけるので精一杯だった。
とりあえず名前を言うだけの自己紹介となんとか盛り上げようとして一人の子が何と呼べばいいのか、
という話題までだしたがそれもそれまでで途切れてしまった。
あとはこういう大人しめに見られる女の子達にありがちな独特な愛想笑いだけだった。
私はこれが身の毛がよだつ程嫌いだった。はっきりとした理由はない。ただ漠然と噛み合っていない気がするのだ。
そこまでして自分を装う必要が何処にあるんだろうか。否定的な癖に実際私も仮面を被っていた。
こんなことなら一人で食べていたほうが全然マシだった。

騒がしい周りに助けられ静寂はまのがれていたが、かちゃかちゃとする箸の音まで聞こえてきそうな長い沈黙が続いた。
さすがにきつい。我慢しきれなくて先程借りて来た本でも読もうかとしていた時だった。
後ろのドアから自分の名前を呼ばれた。絶妙なタイミングだ。それだけでどんよりしていた私の心も晴れていきそうだった。
私を救ったのは(と言ったら大袈裟だが)姉だった。なにかと思えば家の鍵だった。大会前なので部活が延長するらしい。
鞄を忘れてたと誰かに聞いて(おそらくは英二だろうけど)届けてくれたのだ。なんて気の利く姉なんだろう。
私は少し背の高い姉に目を向けてありがとうと言って席へ戻ろうと足の向きを変えた。

「あ!先輩だ!」

ドキリとした。私は再び廊下の方へ足を変えようとして踏み止まった。あの声は間違いなく英二だ。
後ろめたさを感じ振り返るまではいかずともちらりと目を送った。結局私は足の向きを変えず席へ戻った。

「あれって先輩だよね。…あ、さんのお姉さん?」

先程なんて呼べばいいのかなんて聞いて「じゃあって呼ぶね」なんて言っていたくせに
結局勇気が出なかったのかそのまま苗字にさん付けをされて呼ばれた。全く無駄だったみたいだ。

私の姉は校内でちょっとした有名人である。この学校に来てから成し遂げてきた数々のものが姉をそうさせてきた。
男子が全国クラスであるテニス部に比べ女子は弱小もいいところ、この地域でさえ無名だった。
私が言うのも何だがそんな女テニを全国へ導いたのは姉であったと言われている。また成績も優秀で全国模試では上十人に入るほどだ。
それに美人というオプション付きだ。文句の付け所がない。
私は答えなかった。優劣を付ければ確実に劣な私は昔から姉と比べられていた。
そう見られるのが嫌で姉との繋がりを自分から言うような質問には無意識に答えないようになっていた。
事実は変えられないけれど肯定してしまえば自ら認めてしまうことになる。変に負けず嫌いな私はそれだけはしたくなかったのだ。
無視をして嫌な顔をされるほうがよっぽどいい。背けたい現実に理想を当て嵌めることすら出来なかった。

「菊丸君って先輩と付き合ってんの?」

ピクリと肩が反応する。教室に戻って来た英二に親しげに女子が話し掛けただけだ。
自分のこういうところに度々呆れる。

「ははっそうだといいんだけどね。」

英二は弁当箱をテニスバッグの中へしまい込み(学校で使う物は全部テニスバッグにいれているらしい)
代わりに小さい鍵を取り出すととロッカーに教科書を取りに行った。ドクン、ドクンと鼓動を打つ。
出来るだけ声を聞かないように、振り向かないように。勝手に傷つく私が馬鹿みたいで悔しかった。
私は途中だったおかずを一気に食べ尽くした。












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遅刻の夢は依智の実話…(笑)