あたしは机にペンを落とした。
びっしりと文字の並んだ参考書に比べ、あたしのノートは二時間前と変わらずまっさらだ。
部活のある英二を待っている二時間は必ず何人かが最終下校時間まで
残っているからお喋りをしてあまり暇を持て余すことなんてなかったけど、
今日は夕方から雨が降り始めるらしいという誰かさんの天気予報で皆帰ってしまった。
こうしてあたしは今、残された教室で一人ぽつんと隅に座っている。
このクラスは校庭側に面していないので窓から見える景色は都会の酷く単純なものでしかなかった。
せめて校庭が見えればちょっとは青春の何かが垣間見えたりしてそこまで退屈しなかっただろうにと
現実味のない想像しながら伸びをする。
生憎漫画も携帯もおいてきちゃった今日のあたしには常にロッカーに入っている
持って帰ったことのない数学の参考書しかなかった。
勉強は好きなほうじゃないし、寧ろキライなんだけど、いかんせん効率主義のあたしには、
何もしない二時間が考えられなくてこうして一人残る放課後の教室で数学を解いている。
まさに生徒の鏡だと自分で思ったけれど、残念ながら邪念が邪魔する今のあたしに
数学なんて考えられるはずもなく、開くだけ開きただぼーっとして二時間が過ぎようとしていた。
落としたペンがノートを掠め、何とも言えない一次元を残し、それが結局は何もしていないに等しく
ホントに無駄な時間だったのだと思わせた。あたしはどんどん暗くなっていく窓の外の、出来るだけ遠くを見上げた。
「っ!かーえろっ」
彼が来たのは六時半ちょうどに鳴るチャイム、下校しろと言わんばかりに急かすチャイムが
鳴ってから二十分くらいしてからのことだった。
うちの学校のテニス部は全国大会に何度も出場しているような強豪校らしく、練習がきついことでも
有名だ。そんなテニス部で毎日頑張ってる英二だが、あたしと会うときは絶対に疲れた顔をしない。
純粋に凄い奴だと感じるのと同時に、何でそんなに頑張れるのか不思議でならなかった。
そういうとこは自分のダメなところで、可愛くないとこで。もっと嬉しくなったり、応援したくなったり
するのが女なんじゃないかと考えたこともある。
単純に受け止めて喜べばいいものを、不思議がってしまうあたしは人間が出来ていないからだろうか。
「え、何お前勉強なんかしてたの?」
「そーよ。あたし真面目だもん。」
「真面目な奴は授業中本気で爆睡なんかしませんー」
「うるさいっ」
あたしの座っていた席の前で、あたしをからかうように笑い、うるさいとは言いながらも
あたしもそれに答えるように笑った。あたしも随分自然に笑えるようになったと、ふと思ってしまった。
そんなことが脳裏を過ぎって、いい気はしなかった。
思いを消すように無駄に散らばった消しゴムのかすを急いではらった。
あたしが荷物も全部片付けて、鞄に手をかけようとしたときには、その腕は英二に捕まっていた。
あたしの手首を骨張った手が包み込む。脈が伝わってしまいそうで、少し怖かった。
その腕はそのまま強く引き寄せられ、強引に薄い唇で口を塞がれた。
英二らしくない。
だけどあたしもキスを返す。
執拗に求め続けてくる彼に、今のあたしは抵抗できなかった。応えることしかできなかった。
ホントはそれでいいはずなのに。応えることが出来るならそれでいいはずなのに。
まるで今のあたしは、英二を拒みたいかのように。
一度離して、二回目は拒絶した。英二の口を手で押さえた。英二はあからさまに不満気な顔をする。
「だめ。もう今日は帰ろう。……雨降りそうだし。」
一度だけ、彼に聞いたことがある。確か二週間ほど前の話だ。
どうしてそんなに、頑張ることができるの。どうして、そこまでやれるの。
英二は迷う間もなくあたしもテニスも好きだから、と言った。あの真っ直ぐな瞳は今でも鮮明に思い出せる。
無駄な時間を過ごすのなら、自分は帰ればいいんだといつも思うのだけど、この男が現われるたび
「ああ待つ意味はこれでいいんだ」と思えた。
だけど二回目のキスの拒絶の理由は雨が降りそうだったから、なんてそんなんじゃない。
あれは確実にあたしの意思だった。あたしの心が勝手に動いた。
芯から拒みたいわけじゃなかった。だけど今のあたしがもう一度落ちたら、心に残る違和感を忘れてしまいそうだった。
忘れていいもの。忘れるべきもの。忘れなきゃならないもの。
だけどあたしの心が出した答えは「忘れたくない」。
あたしが英二を離して帰る方へと向きをかえたら、今度は後ろから抱き寄せられた。
あたしは吃驚して目を大きく見開いた。本当に、英二らしくない。心臓の音が体を伝わって流れてくる。
英二の腕に手をかけた。
「……ど、どうしたの?今日、なんかあった?」
「何にもない。だけど俺、が好きだよ。すっげぇ好きなんだ。」
あたしは泣きそうだった。柄にも無く泣き崩れたかった。
嬉しくて?愛しくて?悲しくて?切なくて?
後ろめたくて?
あたしは回された腕を解く。目は合わせない。こんなにも卑怯な自分は知られたくない。
一ヶ月前までは何にも感じなかったこの気持ちをいつまで押し殺せるのか、あたしが一番わからなかった。
「あたしも……すき、だよ。」
センチメンタル
ブルー
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ちょうどよく古いのが残ってたので中継ぎうp(笑)
もう少し文章力つけてからもう一回書いてみたい話。
(081107)