追いかければよかった。追い求めれば違う今に来たのかもしれない。
今あのときをやり直せるなら、もう一度あの日を取り戻したい。
つかの間でも夢を見よう。願ったこともなかった、あの平穏な日々を。













第四章 暗 雲 低 迷 














確かめたいことが一つだけあった。どうしてもあいつにあって一つだけ聞きたかった。
そう思って始まりからずっとうろうろと歩いてきたが、今の所は誰にも会わなくラッキーだと
思った。この状態で誰かに会っていて、それでもしゲームに乗っているヤツだったとしたら、
俺は確実に今いないだろう。なぜなら―――



「…何だよこれ。俺にまず死ねって言ってるようなもんじゃん…」

NO.44の丸井ブン太が自らの支給武器であるスプーンを見つめてため息をついた。
無駄に輝くスプーンには、自分の姿が逆さまに映っている。自分の赤い髪の毛はスプーンの中でも
鮮やかに彩られていた。同系のものでもフォークやナイフだったならば、
まだマシだったかもしれないが、先の丸まっているこの武器(とは言い難いが)は
少しは防衛能力のある『鍋の蓋』なんかよりずっとタチが悪い。
殺傷能力もなければ防衛能力もない。だとすると殺られるのは時間の問題だろう。

「…どうしろって言うんだよ。」

丸井は無駄に誇らしげにも見える煌びやかに光沢を放つスプーンをもう一度見つめるとがっくりと
肩を落とし膝に手を置いて、頭もだれた。そしてもう一度大きくため息をつく。
今まさに生死の境目に立っているというのに、気が抜ける。どうやって優勝するかなんて
そんな問題は頭の中におくことはできない。今目の前にあるものはスプーンだけだ。
上手く言葉に出来ないものかと口を開いてみるが、どうしても出てくるものは溜息ばかりでやる気も失せる。






だけどやっぱり俺は、あいつに会わなきゃならねぇんだよ。






決意したかのような頭を過ぎったその言葉に丸井はゲームが始まる前の気味が悪い教室を思い出す。





朦朧とした意識の中で赤也に起こされ、俺は後ろのほうで何故か倒れていて、周りを見れば
そこにいたのは全員強豪テニス部の奴らで、見たこと無い奴のほうが少ないかもしれない。


はっきりしてくる記憶。空想や夢の一部であったとしたならいい。しかし今おかれた現実を見ていれば
そんな可能性はゼロに等しい。こめかみ伝いに髪を掻き揚げる。


見たことない男が目の前に立って、わけわかんねぇ説明されて、周りには迷彩服着た奴らが嘘みたいに
固まった表情でマシンガン持ってて、目の前で二人殺されて。氷帝の向日が叫んだ。



…その後だ。



丸井は更に記憶を辿る。三年前のあの頃。気がつけばいつも一緒にいて、自分の名前を何度も呼ぶ。
だけれどもうはっきりとは思い出せない靄掛かった表情、そのシルエット。

そして今日。つい一時間前。背中に一筋の汗が流れ落ちる。下唇を軽くかみ締めた。




「やめなよ、くだらない」


「前回優勝者の―――」




あの、女のシルエット。
自分のの記憶とピッタリ重なるあのシルエット。丸井は見つめた自分のてをゆっくり握り締めて拳をつくる。
立ち止まって舌打ちをするように言葉を紡いだ。




「嘘だろぃ…っ…!」





























* * *


夜は更ける。長い長い夜はいまだに終わりを見つけることが出来なさそうだ。
岩場も草地も見分けがつきにくい。
名前も場所も知らぬ日本のどこぞの島で地理がわかるはずもなく、薄暗い中を
青白い月の光が届いて更に不気味に照らしているだけだった。



先ほどこの場所に着いたとき、崖の方で二人の人影を見た。はっきりとそこには
シルエットが存在していた。だが、その数秒後、何が起こったのか、その二人のシルエットは
その場所から姿を消していた。俺はその影を追った。
しかしその先にはただ崖に臨む海だけが白いしぶきを上げて悠々と波打っていた。
寒気がするまでもない。耐え切れず、自らの命を絶つ――――。
自分がここにちゃんと立っていられることが不思議でならなかった。
そしてやっと理解した。



もうゲームは始まっているんだと。



どう道を選ぼうが、それが自分の道なのである。
そしてこのゲームにリセットボタンはない。



だが今、岩陰に隠れていた自分は何が起こったのか全く理解できなかった。
這いずり回っているだけで何かがつかめるわけでもない。
今自分が手にしているのは、エアガンでもモデルガンでもない。
今聞いている銃声や爆発音は、映画や異国の映像でもない。
今目の前で起こった出来事は












全ては自分のいる現実なのだ。









足は歩き方を忘れたかのようにそこに固まって動こうとしない。
先のほうから震えだす体は他人事みたいで頭で命令しても言うことなどまるで聞かない。
ただわかっていることは、目の前にいる奴が昨日まで一緒にテニスコートにいた奴だということと

そいつが今






人を殺したってこと。








「なんだ、バネさんじゃん。」




いろんなものが苦しくて、声が出せない。
恐怖感もある。だけれどそれを通り越して在る気持ちは何かの間違いだ、
という否定の気持ち。

暗黒に包まれたこの島でただ白だけがやけに目立つ。
返り血すら浴びていない真っ白なシャツに、煙立ち上る銀色の拳銃。
煙の先っぽは風に流されては消え、また流される。夜風がすっと横を通って初めて自分が
汗をかいていることがわかった。ただの汗じゃない。冷や汗という部類に入るんだろうか。






「…剣…太郎…?」







自分がその名前を口にした瞬間、目の前のそいつはこちらに振り向き
左の口元を上げて、笑った。冷ややかだった。

自分の中で何かがぷつりと切れた。




「…お前ッ!…自分がなにやってんのか、わかっ、てんのか!」
「やだなぁ。ボクはちゃんとゲームに参加してるんですよ」
「…」


「バネさんこそ、何やってんの?」
「…!」



"殺される"

直感でそう感じた。こいつはゲームに乗っているんだ。
今の俺じゃ、何も出来ない。みんなに知らせなきゃダメだ。
気が付いたら先ほどから動かなかった足を必死にあげて、
岩で隠れながら逃げようとしていた。



「こんなにプレッシャーのかかるゲーム、初めてですよ!」



剣太郎はさっきの奴を撃ったその拳銃を俺に向け、逃げる俺を楽しげにしている。
まるでゲーセンに行ったときのように。岩に銃弾が当たる。
キンッと良い音がして跳ね返る。自分の頬を一発掠めた。切れた感覚はわかった。
だけど驚き戸惑う暇はない。足場の悪い岩を跨ぎながら、走る。逃げる。








とても長い時間に感じていた。どれくらい経ったのかは知れない。
岩のお陰で標的が絞れなかった剣太郎は諦めたらしく、もう後ろから銃声はしなかった。




俺は森の入り口で立ちすくんだ。先ほどの頬は熱を持っていた。親指で拭う。
だけど痛みはあまり感じられなかった。森の奥では別の、戦いの音が聞こえる。
そのまま木に寄りかかるように座り込んだ。寒気がした。
ゆっくりと手を右足に滑らせる。

「…くそッ…!」

右足に一発銃弾を食らっていた。丸い穴が出来て、そこから赤黒い液体が流れていた。
それだけで気を失いそうだった。これが自分の血液なのだ。初めて血を見たような気がしていた。
血は止まることを知らない。制服のワイシャツを力の限りに裂き、傷口に強く巻きつけた。
丸い模様を描きながら、赤く赤く染まってゆく。

「…畜生ッ…畜生!」

俺は右手で目を覆った。
このゲームに嘆いたのか、傷の痛さに耐えられないのか、何も出来ない自分に腹が立っているのか。
あるいは昨日まで一緒にいた仲間を信じられなくなったのか。


わからなかった。


ただ悔しさだけが胸に残る。
だけどもう、自分に立てた揺るぐことのなかった信念は、崩されていた。


人はこんな状況を"絶望"というのだろうか。






死亡:喜多 一馬
   新渡戸 稲吉

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