私ね、全部知っていたの、本当は。
第三章 虚 空 模 様
強豪チームばかりを集めた特別合宿をやると、そう聞いていた私はとても楽しみにしていた。
私自身プレーをするわけではないけれど、テニスを見てるいるのは大好きだし、
何よりもテニス仲間の皆と一緒に生活できる。敵同士でもそれはコートの中だけで
共通の目標をもった、言わば同志だった。マネージャーの私にも、友達のように振舞ってくれた。
みんな、みんな大切だったんだ。
私にその知らせが来たのは、ちょうど一週間前だった。部活で遅くなった私の家に一通の手紙が届いていた。
宛名を見る前に内容を読む派の私は、その後の運命を知る由も無く、手紙を読み始めた。
内容を目に通した私は何度も目を疑った。
違う、あるわけがない。こんなの何かの間違い。ただの、悪戯だよ…!
ひらひらと落ちる封筒を拾い上げ、深呼吸をする。
"BR法推進委員会"
わけがわからなかった。中学生を対象にした史上最悪のデスゲームと言われるBR法。
ただの迷信とかファンタジーだと思っていた。本当にこの世に存在するわけないと思っていた。
悪い夢なら、早く覚めて。お願い。
何時間経っても、何をしても、それは覚めなかった。これは、目の前にあるものは、リアルだ。
足元が崩れた。泣き叫ぶことは既に通り過ぎていた。
「初の試みなのでマネージャーは自由参加です。しかしこのゲームが始まる前にゲームのことを誰かに話した場合、
喋った時点で死んでいただきます。何をしてもばれると思ってください。」
悔しい。とにかく悔しかった。部屋を荒らしたり、何度も拳を床に打ち付けた。
無力な自分が、憎い。
辛すぎた。私は日に日に口数が減り、食事も勉強も大好きな部活でさえ、手付かずだった。
頭の中は真っ白というより、真っ暗だった。明かりをつけてもつけても、すぐに消えてしまう。
ぼんやりとした希望も、消えかけていた。
「お前が何に悩んでるのか知らねぇけど、あんまり一人で抱え込むなよ。」
ポンっと頭に乗っけられた手の感覚はいつまでも忘れられなかった。
その刹那、私は自分の心をきめた。
皆と、一緒に行こう。私は、皆を守りたい。
そのために死ねるのなら、それはそれでいいと思った。勝手に行って死んでくるなんて、絶対許さないから。
「いや、いやあぁぁ!長…太郎…!私…私が!」
何よりも大切だった仲間を、私はこの手で消した。裏切った。私は結局自分で壊した。
何が一緒に死ねるのだったら、だ。私は何をしているの…?
右手を、誰よりも優しかった後輩を削除してしまったこの手を、銃の柄で殴った。打ち付けた。
地面に垂れる液体は血なんだか涙なんだかさっぱりだった。そんなことはどうでもよかった。
守るべきものを消した私は、もう私でない。狂ったのは私だ。
「へぇ、意外とやるじゃん。」
寒気が、した。今までにない、新しい感覚だ。決して心地よいものなんかじゃない。
その一言は私を現実へと引き戻す。ゆっくりと振り返り、見上げた。
「…あ…あなたは…!」
「どうも。」
不気味な月明かりをバックに、女が立っていた。呼吸が荒くなり、気を失ってしまいそうだ。
心臓が何処にあるのかさえ忘れるほど、全身が唸っていた。鼓動は高鳴る。
「安心しな。まだあんたを殺すつもりはない。」
「…!?」
「どんな子かと思ってたけど、…ははッ危険人物じゃん。」
「…何を、し、にきたの…?」
女は長太郎支給バッグをがさごそと漁り始めた。必要なものとそうでないものを分けている。
長太郎の支給武器はどうやら短刀だったみたいだ。そんなことはどうでもいい。
何をされるかわからない。殺される。仲間を殺してしまった私は、もう怖くない。
見ず知らずの他人を撃つくらい。感覚は鈍っているどころか逆に鋭くなっていた。
私はまたぎゅっと銃を握り、リボルバーを引こうとした。
「待ってって。自己紹介くらいさせてよ。」
「…」
「、学年はあんたと一緒。女の子同士仲良くやろうじゃないの。…はい。」
女…は表情一つ変えないでそこまで言うと腕だけをすっと動かす。こちらに何かが飛んでくる。
思わず目を瞑った。投げられたのはおそらく長太郎のバッグに入っていた飲食料と、そして短刀だった。
「こいつ殺ったのはあんた。あんたの手柄でしょ。」
私は制服のシャツをぎゅっと握った。口も一文字に結んだ。本当は泣きたかった。
叫びたかった。だけれど、もう全て枯れていた。
「あんた、名前は?」
信用などしていないこの女に言っていいのか。そう考えたが実際名前なんて知られても
この現状ではなんにも役に立たない。寧ろ知らないほうがやりやすい。
あまり開きたくなかった口をあけた。
「、。」
「じゃあって呼ぶね。短い間ですがどうぞよろしく。」
はふざけたように言う。笑う。
不思議な雰囲気のこの女に生唾を飲み込んでも、恐怖は耐えない。
「全うな女の子しかいないらしいから忠告しといてあげる。」
「いろんな意味で、襲われないようにね。…それと」
笑った先で、は言葉を止めた。表情は一変する。
微かに顔を右にずらし、少し目を細めた。私にはの視線の先に同じような木々が立っているとしか思えなかった。
「残念でした。ばれてるよ、あたしには。」
ドォンと森全体に重い音が木霊する。余韻がまだ少し残っていた。
どさり、と音がした。
無秩序に生い茂った雑草の間を縫うようにして赤い液体が傾きに沿って流れる。
「これはあたしの獲物
。」
そういってはまたバッグを探り、にやられた子が握っていた武器を取り上げた。
はラッキー、と小声で言い軽く笑っていた。
「ウージーサブマシンガンっていうんだよ、これ。あたしが今一番欲しかったヤツ」
なんのことだかさっぱりだった。しかし無知な私でも他のものがおもちゃのように見えてくる大きな本体と
細かな部品がたくさんついていることで威力を少し察知した。
「そうそう、あんたが今いるこの場所、森のずっと奥だってこと知ってた?これじゃまるで袋のねずみだって。
言ったでしょ。あんた狙われやすいんだから、一番。今の奴も、あんた狙ってた。あたしがいなけりゃ撃たれてたよ。」
開いた口が塞がらない。もう何を言われても理解できない。
狂ってしまったのと同時に思考回路も完全に断ち切られたみたいだ。
の顔は横を向いたままだった。
「あと、」
「え…」
誰も信じないほうがいい。
いやに静かだった。私の中での騒音はこの一言にかき消された。
今更になってに殺された子が誰だか思い出した。
「誰だってこんな状況じゃあ、自分が一番だから。信用しすぎれば逆に利用される。」
「…」
「人間窮地に立たされたら何するかわかんないし。実際だってそうでしょ。まぁあたしが言っても信憑性薄すぎるけどね。」
何もいえなかった。心臓が高鳴るばかりでその鼓動にさえも負けてしまいそうだった。
無力な自分は本当になにもできないままで、ただ後ろを見ることしかできなかった。
「…けど。さっきの言葉、そっくり返す。」
「…?」
「あんた、何をしにきたの?」
「…!」
重かった。とても深くて重かった。
の言うとおりだった。私は何をしに来てるんだ。目的は一つに決まっているはずじゃない。
これじゃあ何のための決意だったかわからなくなってしまう。
握りなおしたスカートは少しだけ湿っていた。
「私は」
気がつくとは先程とは反対方向に歩いていた。
向き合って話していた筈なのにいつの間にか私とは背中を向け合っていた。
「え…」
私は振り向いた。は影も残さずに森の闇に同化していった。
冷たい、冷たい風が吹いた。流れに沿って髪が靡く。
ざわつく木々から少しだけ月明かりがこぼれ、はっと我に返れば銃声と爆音と人の呻き声が
どこか遠くから聞こえてくる。
静かな夜を、少しだけ思い出していた。
死亡:木更津 淳
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