必死で走ったって、逃げられないよ。もう君たちは、手中に納まっているんだから。





第一章 始 発 合 図 





「まぁ毎年恒例だから、なんとなくわかると思うんだけど。」
そう言って男は黒板に白いチョークで書き始めた。最後の文字を書き終えると男はカツンと軽く点を打った。
薄暗い中、その白い文字だけが浮かび上がる。黙って記憶を辿った。




「BR法」。その忽然とした三文字が流れて書いたような字で置かれている。座らされている椅子は季節のわりに妙に冷たく
先ほどから随分経っているのに、温まろうともしない。居心地がいいはず無かった。
外はわからない。どこなのかも知らない。どこかの一室、教室のようだった。どこの学校なのかさえわからない。
窓には黒いカーテンがかけられているだけで隙間から光が零れるようなこともない。昼なんだろうか、夜なんだろうか。


「見ての通り、バトルロワイヤルです。知らない人はいないよな。」

指先についたチョークの粉を親指で軽く擦り、軽い口調で男は言った。
周りには迷彩服を着たガッシリとした男たちが並んでいる。
顔は一人一人違うはずなのに全員同じに見えるのは、感情をもたない心からだろうか。
周りの男たちに比べ、教壇に立って話す男の格好は随分とラフで男性からすると小柄なほうだ。

「上からの命令で俺よく知らないんだけど今回は特例でもとから”敵”同士の君たちにやってもらうことになったから。」

ルールはさらっと流しましょうと付け足した男はシャツの胸ポケットからタバコとライターをとりだし、軽く口にくわえて
火をつけた。煙は気流に流されだんだんと教室を支配して行く。むせ返るほどでもなかったがそれでも鼻と喉を刺激していく。
感覚を忘れていた現実に触れた瞬間はぞっとした。そのとき既に夢の中での感覚は忘れ去られて跡形もなくなっていた。
直視するにはもう少し時間がかかりそうだ。

「特例っつってもルールは同じです。制限時間は72時間、3日です。優勝者は一人だけっていうスタンダードなやり方ね。
 もち3日間に決まらなかったら全員死んじゃうから全力でやらないとダメです。しかも今回人数すげぇ多いから
一生懸命殺していかないと、間に合わないと思うよー。」

タバコを吹かしながら笑顔で男は言う。各々はやっと思い出す。確か、自分の記憶が消えたのは。



合宿所までの引率のバス。強豪チームの合同合宿で妙なテンションから盛り上がり始めた頃だった。
目の前が歪む。浮遊感に襲われる。バスの運転手。テレビの中でしか見たことのないガスマスク。ゆっくりと、目を閉じて。










そうだ、記憶が消えたのは、あのバスの中。









「ちょっと待ってください…!」

視線は前から後ろへ、声の主まで移っていく。男から笑みは消えていた。じっと見据えている。
現実は酷だと皆がいうけれど、残酷よりももっと酷い。自分たちの現実はどこへ消えた?消えてしまったならそれでもいい。
せめて、夢でもいい。戻ってきて。この世に希望とか願望とかそういう言葉は不釣合いで、ただ心を取られた人形のように。

大柄な体は小さく、小刻みに震える。

「納得いかない…です。なんで俺たちなんですか…!」
「しょうがないじゃん。上の決定なんだから。俺さっき言いました。」
「でも…!俺たちは!」





「五月蝿いなぁ、君。」
「!?」

オートマチックの小さな銃から問答無用に弾が出る。
その空間だけは、妙に遅く、しかしながら一瞬の出来事として捉えることになる。
全員が次に目にした東方の姿は目を見開いたまま頭を鈍色に光る弾丸が突き抜けていた。
そこから噴出した濃い紅色の血が床を染めている。この教室は一瞬にして血生臭くなった。









カランカラン、ドサッ。音は数秒遅れて追いついた。






「東方!!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!!!」

教室はパニック状態になる。今、仲間が、自分たちの目の前で、消えた。内蔵がえぐられてような悪感に襲われる。
震えはさらに増す。教室から出ようと逃げ惑う。なんて場所に連れてこられたんだ、自分たちは。








どちらを選んでも、進むのはただ崩壊の道。絶望でしかない。








とっさに駆け寄ろうとした南の腕を千石がとめる。握られたその手は少しだけ震えていた。南は腕を握られたまま男を睨む。

「静かにしろ!!」

周りの兵士達は自分たちの持っているマシンガンを天井へと放つ。マシンガンの重い音は幾つにも重なって腹に圧力がかかる。
外へ出ようとした者達を腕一本で教室へ押し戻す。放たれた弾丸の残りが床にカランと音を立てながら落ちてくる。

「席につけぇ!!!」

強制的に座らされた生徒たちを見て、男はうっすらと笑みを浮かべた。瞳が見えない。
息がうまくできない。脈は整わずに不整脈を打つ。全身に鼓動は伝わる。だけれども指先の感覚が無かった。








「はい、じゃあ続けまーす。6時間ごとに禁止エリアを設けます。んで、それは死亡者の発表と共に放送で流すから
ちゃんと聞いてないと死ぬよ。この島の地図と参加者リストは支給バッグの中に一緒に入ってるから確認してください。
ちなみに言っとくけど、最初の放送時間は6時な。」

そういい終えると今までのふざけたような、嘲笑したような、そんなものが瞳から消え今度は冷淡に見据えている。
男の指はまるで女性のようで遠くからみても白く細かった。タバコの灰を木の床に落とし、その指を後頭部へ持って行くと
だるそうに頭を掻く。背中に冷や汗が流れる。こんな行動に寒気が走るのは初めてだ。生唾を飲み込んで待つしかなかった。




「あと、君らについてる首輪。まぁ何もしないでちゃんとやればそれが爆発、なんてことはなくなるんで安心してな。」

そう言われるまで気付かなかった、首輪。自身の首下に恐る恐る触ってみる。指ががたがたと震えだす。金属特有の冷たさと
もっと違う、妙な違和感が残る。外せない。無理だとわかっていることを再び確認する。
もう何も思い出せなかった。夢は夢で留めておきたかったのに、それさえも叶わない。
別のものを探してみても何も残っていなかった。








「ああいう不正はいけないですけど。」

男はポケットから小型のリモコンを取り出し、また少し笑って赤いボタンを押した。向けられた先は。

ピーーーッ

「え…うわっ!…いやだ!」






桜井雅也の首輪が赤く点滅し始める。周りのものは一斉に引く。逃げたくても、逃げられない。
爆発源は自分の首下にあるのだから。
桜井は何度も何度も首輪を取ろうと引っ張る。泣きじゃくってもそれは一向に取れようとしてくれない。







ピッピッピッピッピ







ゾッとする。あの赤いランプは自分の、死までのカウントダウン。桜井は喚き、周りのものは震えが止まらない。
「桜井!!」
橘は端へ押し寄せる奴らを腕で退けてなんとか前に出ようとする。触れた腕は皆冷たく硬直していた。また一人。
また一人目の前から消えて行く。歯は何度もぶつかり合う。髄まで響いて背中が凍る。







ピピピピピピピピピピ







赤いランプは更に速さを増す。プログラミングされたランプはあまりにも無情すぎて自分の意思など持たない。
止まってくれるはずも無かった。単調に、一定に。男は教壇の机に行儀悪く座りまた一本タバコを
取り出して笑いながら火をつける。
桜井は自分の首を傷つけて大きく震えていた。どうすればいいのかわからず、ただうろたえる。

「みんなー逃げたほうがいいぞー。そろそろ爆発すっから。」

教室の呻き声は止まない。兵士達は表情も出さずにジッと見つめる。男は楽しそうに嘲笑する。
桜井は立っていられず携帯と共にガタンと膝を突いて床に座り込んだ。







ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ







橘がやっと桜井の元へ辿り着く。桜井は目を腫らしながら橘のほうへ振り向く。
「橘さ」






パァン!!!







破裂音と共に桜井の体は転がった。橘の全身に赤い斑点が飛び散っていた。
桜井にはもう意思などなく、気管の見えた首からは出るだけ血が流れている。茶色い木の床にしみこんでそれは黒く穢れた色に
変わっていった。吐き気がした。
男は桜井の落とした携帯を拾い上げた。

「家にでも連絡しようとしたんだろうね。こんなのは認めません。といっても電波つながんないから、此処。」

男は立ったまま橘を見下ろす。橘は動かない。何も言わない。頭の中から何もかも吹っ飛んでいた。
その姿をみて男は悪戯に笑う。男は教壇へ向かいながら話し始める。何の前兆も無く蛍光灯が一つ割れて、消えた。

「親御さんのことは心配しなくて大丈夫です。ちゃーんと知らせてありますから。なので心置きなく戦ってください。」

ふざけたような言い回しの男の口調は語尾があがる。

「あとはもう全部一気に言っちゃうよ。聞いとけよ?出て行くときにこのデイバッグを持っていってください。
中身は三日間生き延びるための最低限の飲食料と、この島の地図、方位磁針、そして特別支給武器です。
武器はランダムに配られ、当たりも外れもあります。これはハンデをなくすためです。まぁ説明はこんなとこかな。
実際やってみりゃわかるでしょ。質問ある人ー?」

男は持っているナイフをくるくると回し始めた。先ほどとは違い、教室は誰もいないかのように静まっている。緊張感、というより
それは悟ってしまったかのような空気が流れ始めていた。今いっそガラスでも割れて欲しいと思った。

「無いなら」

ガシャン、という椅子の音に男の言葉は遮られた。男はまたか、とため息をつく。
もういいよ、やめてくれ。そんな声が聞こえてきそうだった。

「やっぱ俺、意味わかんねぇよ!俺たちはただテニスやりに来ただけだぜ?」
「だから、いまのうちに敵を殺しとけば、後々楽になるんじゃないの。罪は問われねーから安心しな」
「何が殺し合いだよ!んなもんてめぇらで勝手にやってろよ!」
「やめとき!岳人!」
「悔しくねぇのかよ、侑士!他の奴らも!なぁ!?」

向日は立ち上がったまま周りに訴えかける。しかし向日と目が合った誰もが目を逸らし、あるいは無視した。
誰も向日に賛同しようとしなかった。できなかった。向日は舌打ちをする。どうにか止めようと忍足と宍戸は向日を押さえ込む。
それでも向日は頭に血が上ったままだった。

「残念だなぁ。せっかくのチャンスなんだぜ?」

男はナイフを回すのを止め、スッと右手に構える。教室は再びざわめきを見せた。心拍数があがる。やばい。やばい。やばい。


パンッ!

ナイフの刺さる音とは、別の音がした。それは紛れも無く銃の音。男はまだナイフを手に持ったままだった。
向日の足元からは白く煙が出ていて火薬のの匂いをばら撒いていた。






「やめなよ、くだらない。」






女が一人立っていた。銃弾の飛んできた方向にその女の姿があった。
見慣れない制服を着たそいつは黒光りをする銃を持っていた。

「この期に及んでまだ悪足掻き?馬鹿じゃないの。そんな事ウダウダ抜かす前にやることたくさんあるでしょ。」
「んだとてめぇ!俺は」

チッと向日の頬を何かが掠めたかと思うと、数秒遅れでその部分からタラリと血が流れてきた。


「やめとけっつってんのが、わかんないのか?次は当てるぞ。」


キンっと音を立てた弾丸はマシンガンの弾丸と一緒に混ざった。壁に弾痕がくっきりと残った。
向日は椅子に座り込んだ。もう立てもしなかった。ごくりと唾を飲み、指一本動かさなかった。
女は鼻を鳴らすと銃を床に捨てた。


「今回は随分聞き分けがいいんだね、サン?」
「ふん、参加者にちょっと興味があっただけ。それにいずれあんたも消してやるわ。約束を果たした後にね」


男と少女はお互いに視線をずらさない。その少女の眼力は同年代の女だと感じられない。
自分にむけられているわけではないのに、寒気がする。


男は数秒彼女を見つめた後、少し笑って視線を外す。少ない安心感のなかで緊張が少しだけとけた。
…違う。安心なんかしてる場合じゃない。寧ろ不安を抱いていなければならないかもしれない。

「そうそう。その女の子は前回優勝者のちゃんです。仲良くしてあげてね。」


「女の子はちゃん含めて二人だけね。
もう一人はそこに座ってる氷帝マネージャーのちゃん。もう出発してもらうけど、この二人からスタートね。
あとは名簿から早い順です。」

淡々と話す男はにっこりと笑みを浮かべてから最後の言葉を発した。


「それでは頑張って殺しあってください。期待してますから。」


ちゃん、出発してください。」

氷帝のメンバーに「」と呼ばれながらも振り向きはせずに恐怖で震える手も歯も何もかもギュッと閉じた。
(私が、人を殺す…)
デイバックを受け取るとは廊下を思い切り走り出した。








そう、これから始まるのは血に染まる殺し合いなのだから。






AM 1:00  ゲーム開始。  残り54人。






「はい次ー。ちゃん。」

男は自身の腕時計で時間を確認しながらの名前を呼んだ。
は兵士がデイバッグを押し付けるように渡してきたので軽く睨みを利かせた。
しかしその兵士は鋭い視線に動揺するでもなく無表情で見つめていた。まるで人形だ。その兵士の表情が気に食わず
は小さく舌打ちをした。そしてそのデイバッグを乱暴に引き取ると同じような兵士たちが真っ直ぐ直列した長い廊下に
足を踏み入れた。靴紐を結びなおすと一気に闇と同化し、消えて行った。



死亡:東方 雅美
   桜井 雅也

残り:54人