掻き消された音まで聞いてみたいとおもった。
掻き消された音をもう一度作り出してみたかった。

僕たちは今、何を想っているだろう。









雨音の後奏曲   postlude of sound of rain








よく、わからなかった。

何が、と聞かれても私には今答えられない。わからなすぎるものが、ありすぎるからだ。
それは具体的なものではないし、抽象的なのかと言われればそこまで曖昧なものではない気がする。
昼ドラの女達の関係くらいドロドロで複雑ではないがガードレールの小さい傷くらいシンプルで単純なのかと
聞かれればそれもまた違ってくる気がした。それが幾つも私の頭のなかで重なり合い形作っていた。
「だから」という接続詞を使うのではなく「とにかく」と言った方が良いだろう。「とにかく」よくわからなかった。


久々に部活が休みになったブン太が私に気遣って何処か出掛けようかと言った。
私は大雑把な彼の小さい気遣いがたまらなく嬉しい。そういうところも好きの一部だ。
だけど私は首を縦には振らなかった。


「ブン太の家に行きたい。」


突拍子もない私の要求にブン太は軽く「はぁ?」という顔をしたが数秒考え、
私を見て俺の部屋汚いけど、と言った。


私が提案したのは正解だったようで朝から雨が降っていた。
私がブン太の家につくとパンプスの先は跳ね返した雫がそのまま残っていて短めのワンピースの下から出ている
黒っぽいジーパンの裾の数センチが色を更に濃く染めるくらいに濡れていた。
雨の日私の髪の先の方は外はねが酷い。今日も例外でなく不規則にはねまくっていた。
始めはこの厄介な髪の毛をどうしようかと悩んでいたけれど
ブン太の家についてしまってからはそんな事気にする前に忘れてしまっていた。

初めて行ったブン太の部屋は私が予想していた通りだった。
あまり男の子の家に行ったことのない私が想像していた「男の子の部屋」にそっくりすぎていて、
あまりにも女気も可愛げもないそれに可笑しくなって少し笑った。
部屋の大きさは私の部屋とあまり変わらないくらいだと感じたけれど
雰囲気はまるで違う。そりゃ当然だと思った。別の人間なんだから当たり前のことだ。






別の人間、というのは愛しい人であればあるほど強く実感するのは何故なのだろう。
恋人同士は家族じゃなくてそこに意味上の繋がりはあっても本質的な繋がりはない。
夫婦になったからといってお互いの本質的な繋がりが出来るわけではない。ただ紙面上の繋がりが出来ただけだ。

一番近くにいるはずなのに最も遠い存在になってしまう。

だけど私はそんな理論より本能が強く働くから好きな人の側にはずっと居たいと思う。
だから私は今考えていたことなんて数秒後には痕欠片もなく頭の中から去ってしまうのだ。




ブン太の家に来て特に何かをしたいわけじゃなかった。そして本当に何もしていない。
私はブン太のベッドに寄り掛かりながら今一番良いところに差し掛かっている本を読んでいるし、
ブン太はよくわからないけれどベッドの上に寝そべりながらスポーツ雑誌を読んでいる。
お互い自分勝手に過ごしていた。でも私はこれもありかなぁって思っている。
こんなの人の家に来てすることじゃない。ましてやあろうことか彼氏という代名詞でおかれる存在の部屋だ。
けれどこうだらだら過ごしているのが一番時間を共有しているように私に錯覚させる。





今更硝子越しに聞こえる雨の地面を叩く音と直接硝子を叩く音が先程より強くなってきていることに気がついた。
私のジーパンはもう乾いている。雨はいよいよ本降りになってきた。空が光る。
よく「ゴロゴロ」という擬態語を使われる腹をえぐるような音が光った後すぐに唸ったため
私はこの近辺の上空で雷が鳴っているのだと察知した。


「…雷が怖い、とかは?」

私の上から声がする。
さっき話したのに何故かブン太の声を久しぶりに聞いた気がした。

「まさか。」

私は最終段階に入った本のページをペラリと一枚めくりながら言った。
電気はついていたものの外の薄暗さに影響されて中まで少し暗い。私は目が疲れていたので数回連続で瞬きをする。

「逆になんで女の子達があんなに怖がるのかよくわからないよ。」
「なんで?」
「だって雷って神秘的じゃない?自然災害のくせにあんなに綺麗に光るんだよ。私写真に収めたいくらいだもん。」

私はそこまで言い終わってからブン太の方へ顔を向けた。真っ直ぐブン太を見る。
再び雑誌に目を落としながら無表情だったブン太の顔はだんだんと笑顔に変わってこう言う。

「可愛くねー女。」















「このまま雨に閉じ込められちゃえばいいのにね。」

本を読み終わりいつの間にか窓際へ行って外を見ていた私はこう呟いていた。
空は相変わらずだ。暗いなかに時々見せる煌々と光る雷に私はやっぱり怖いなんて感情を持つことは出来なかった。
いつ来たのか、影もなくブン太は私の隣に立つ。私の言葉から少し間を置いて「そーだな」と同意した。

本当に閉じ込められたらどうなるだろう、と少し考えた。あまり回っていなかった頭から
ふっと一つだけ浮かび上がってそう言っていた。自分で言っておきながらその言葉を考える。
現実味が無さ過ぎて逆に難しかった。だけれど、もし此処からずっと出られないでいたら、
私は、ブン太は、幸せと言えるのだろうか?二人だけの空間を作ってそのままに閉じこもる。
私はそれで幸せなのだと錯覚するだろうか?考えは張りめぐるけれどその先に答えは無く、
不規則に目の前を通る水滴を眺めているほかなかった。


ただ確実に言えることは、私は今幸せだってことだ。


そのままの状態でしばらく二人ぼーっとしていると私たちのささやかな願いを蹴散らすように雨はあがってしまった。
私たちは顔を見合わせて笑った。





、お前マジで帰んの?まだ4時だぜ?」

さっきまで私達が覗いていた窓からブン太が顔を覗かせる。
私は雨があがってすぐに帰るとブン太の部屋を出たところだった。

「うん、これ逃すとマジで雨に閉じ込められちゃいそうだし。」
「送るよ」
「いいよ。余計帰りたくなくなっちゃう。」
「別に帰らなくたっていいんだぞ。」

私はもう一度ブン太を見上げた。付け足して「夜はまだだぜ」とかふざけて笑いながら言うブン太に
私も「今日は遠慮しておきます」と笑って返した。そう言っておきながら内心少し迷ってしまっていたのは内緒だ。


歩く前に手を振った。赤い髪は目立つ。目がそれほど良くない私が遠くへ行ってもはっきりとわかるくらいだ。
何度も振り返りながら私は歩く。その姿が見えなくなるまで。見えなくなって今度私はアスファルトに
出来たての水溜まりにブン太の家を出て来たときは乾き切っていた青いパンプスでばしゃりと音をたてながら
子供のように歩いた。時折明るくも無い空を眺めるために上を向く。空は晴れる気配もなく
灰色の厚い雲がどっしり構えている。いつ落ちてきても特におかしいところはないと感じた程だった。
出るわけの無い七色に輝く虹を、この空に想像してみた。


私は既に別の家が並んでいたけれどもう一度だけ後ろを振り返った。
お気に入りの水色の傘をブン太の家に置きっぱなしで帰ってきた。















丸井に「可愛くねー女」と言ってもらいたかっただけです(爆)
060527