宿題の数学がよくわからなかったので参考書を見ようとたくさん教科書が並んでいる本立てに目を向けた。
しかし私が手にしたのは参考書ではなく、参考書の隣にあった国語の教科書だった。唇の小さな隙間から
少しため息を漏らす。年の瀬でもなければ新学期が始まるわけでもない。特に何かをしようと思った
わけでもなかった。ただ手に取ったそれが去年のものであることに気がついただけで
いつの間にか数学の宿題は邪魔者のように隅に押し出され私は部屋の整理をするための体勢に入っていた。








もう戻れないけど









新学期が始まる前には去年の教科書を片してしまおうと思っていたのだけれどすっかり忘れていた。
予想以上に忙しく部活に明け暮れていたので結局机にはそのまま教科書やら参考書やらが残ったままだったのだ。
使っているうちにどんどん紛れてしまったのか一瞬見ただけでは今年のものだか去年のものだか判断が付かない。
私は自分のいい加減さに呆れてしまった。もうこうなったら面倒くさいと思い立ててあった教科書全てを
上から一気に崩した。すると面白いくらいに落ちてくる。しかし落ちてくるものが教科書だから
より一層汚く見えて何ともいえない。

雪崩が起きるようにして滑り込んできた教科書を無視して私はやけにパステルカラーを纏い
色気の無い教科書に紛れるとより一層目立つ可愛らしいノートを見つけ、しばらく見つめると私は
それを手に取った。私の頭の中にすっと思い出が流れ込んできた。










きっかけは一つの交換ノートだった。当時小学校高学年だった私たちの間では交換ノートが非常に流行していた。
それも一冊だけではなく何冊も掛け持ちをするということが流行っていたのだ。私は最高で7冊掛け持ち
していたこともある。もとから仲のよいグループでやるのが一つ、グループの中でも更なる少数派でやるのが一つ、
たまたま班が一緒だった子たちとやるのが一つ、ポルノグラフィティ好きを集めたのが一つ、去年同じクラス
だったことのが一つ、今考えると物凄く変だけれど、ぶっちゃけあんまり好きではなかった子とのが一つ、
そして特に目立った繋がりをもっていなかったけれどなんとなく寄った三人のが一つ。

きっかけはこの三人のノートだった。

一ページ目をめくるとそこには三人分のプロフィールとお決まりの約束が書かれていた。
一瞬誰の字だかわからなかったが、二人目のメンバーの名前の欄には私の名前が書かれていたので紛れも無く
私が書いたものだった。無駄に大きく形の悪い文字は速い時の流れを感じさせ、同時に少しの笑いも誘った。
ぺらぺらとページをめくる度に日付と記入者が変わるノートを大雑把に目を通した。そして私は
過去の自分が書いた7月21日付けのページで手を止めた。
このページには思い入れがある。全てはこのページからだったかもしれない。
メインの文章の場所は流れたやる気の無い字でろくでもないことを書き綴っている。それで思い出した。
右ページの左下。すっと目をやる。『最近気になるアレ』とタイトルコーナー付けされている淡いピンク色の
丸枠。でっかく『A.K.』と書かれた文字はだらけきったそのページから一層目立っている。
何故私があの日こんなことを書いたのか覚えていない。いや、当時だったとしても書いた理由はわからなかった
気がする。ただの気分なのか、それとも暇でならなかった私の気だるさからきたのだろうか、自分が思っている以上に
私の気持ちは強かったのか。今となってはそこまで思い出せるはずは無く答えは遠い昔に私の記憶から葬られていた。




次の子にまわして話もせず自席に戻り何分かした後に後悔し始めた。『A.K.』なんてイニシャルはこの学年に
一人しか居ないということに渡してから気付いたからだ。まぁいずれわかるだろうと思っていたから
焦りはしなかったが、ただ今まで小学生だし男なんか興味ない、と振舞っていた私だったから引かれると思った。
一番の親友にも打ち明けていないし、だいたい私が私自身の恋愛の話をするということ自体なかった。
しかし私が心配していたことが阿呆らしく思えるくらいに協力的でからかってきたりもしなかったので少しホッとした。

それから私たちの交換ノートはますます女の子らしくなった。私がそれを書いたせいで私が回した周には
二人とも自分の気になってる人あるいは好きな人を書いていた。私はというと自分で名前(イニシャルだけど)
を書いてしまってから本格的に気になり始めた。今まではなんでもなかった仕草の一つ一つまでも
目で追うようになってしまった。それから毎回我に返ると馬鹿らしくなって恥ずかしくなる。
何とも形容しがたい感情は私の中の範囲でありえないスピードをつけて加速していく。膨張し続ける。
もどかしくて泣きそうになる。それを何とか簡潔な言葉にしてノートに書き留めるのだ。
こうして約一ヶ月が過ぎた。あっという間だった。





ある日メンバーの一人が三人それぞれ告白をしようと企画を持ち出した。私はそんなこと初めてだったから
勇気がでるはずもなく戸惑った。だけれど私以外の二人はなんとなくいい雰囲気だ、ということを周りからも
言われ、ノリノリで既にどう告白しようか、いつにしようか、などと計画を立てている。
私は周りから見られるような進歩は全く無かったし、そういう情報は一切持っていなかった。
再び後悔した。どんどん高ぶる気持ちとは裏腹にこれは私の中で留めて置きたい気持ちが少なからずあった。
寧ろそういう気持ち方が強かった気がする。だけれど自分からそう言う事は友達を裏切るような
考えすぎの過剰な後ろめたさを持っていたのでできなかった。そういうのは律儀だとかそんな善で考える
ものじゃなくてただの思い上がりだから何が悪いわけではないことくらいはわかっていた。





6年の夏、誰かが企画した肝試し大会を便乗して私たちは闘うことにした。
肝試し中に言えればベストだったのだけど生憎くじで相手を決めることになっていたので
(残念ながら一緒にはなれなかった)終わった後それぞれで向かっていった。
勇気がまるで出なかった私は小さな紙に一言だけ書いて不自然にならないように渡した。







三人の総合結果は二勝一敗で、私自身の結果は紙を渡した次の日に「俺も」と小さく書き加えられて
返された。その時の気持ちなんか覚えてない。けれど近づいたはずなのに寂しさが肥大していったことは覚えている。
何故私はそういうことしか覚えていないんだろう。思い出そうとしてもプツリと何かが途切れたようにそれ以上
考えることができない。

勝利した私以外の子は随分幸せムードたっぷりで毎日一緒に遊んでいるという。負けた一人の子は
友達としてなら、と言われ前より一層仲良くなっていた。
それに引き換え私たちはその後の発展は全くと言っていいほどなく、遊ぶどころか話もしなくなった。
私が恐れていたのはこれだったのか。それでも私は切原のことが好きだった。友達はいろいろ助言してくれたけど
よくわからない微妙な関係のままその後卒業するまで何も一言も喋らなかった。ゆっくりと話す機会も無く
時は過ぎていってしまった。



話したとしたら卒業式が終わった直後だったか。定番に乗っ取って卒業アルバムに一人一人のメッセージ
を書いてもらっていたときだ。これくらい行っても、バチは当たらない。そう思った。
他の女子にせがまれていた切原にわざと「書いて」とアルバムを差し出した。私の我侭で勝手でエゴだけれど
それでも何もせずにはいられなかった。
すると切原は他の女の子たちのアルバムを受け取るでなく、無表情で私のを受け取った。
切原は綺麗とはいえない歪な字で素早く書き終えると私に笑って「ありがとう」と返したのだ。
驚きのせいと別の感情のせいでドキドキした。この空間は周りと遮断された。自惚れかも知れない。
けれど切原が私のために笑った。ありがとうを言うのは私なのに。急に切なくなって逃げ出したくなる。
私もありがとうと笑顔で返してそのまま去ってしまった。












あれからもう二年近くが経った。私は近くの公立中学へ行き、切原は私立の立海大付属中学へ行った。
何も知らなかった私は入学して事実を知った後、寂しくなったというより諦めに近い感情を持った。
何を諦めるのかと言われたら具体的に表現できなくて、ぼんやりしたものを掴もうとしていた。
それを諦めたのかもしれない。

切原は今立海の女の子と付き合っているというのを内の私のことをほとんどしらない友達に聞かされた。
ファーストフード店で飲み物を飲んでいた私はつっかえてしまい、瞬間どきりと反応してしまったけれど
やはり諦めに近いものがあったからそこまで期待とか嫉妬とかはしなかった。
私は「そう」と一言言うとあまり盛り上がらなかったこの会話をすっとばして次から次へとそういった類の情報を
話してきた。だけれど聞こえたのは途切れ途切れの単語ばかりで、気がつけば何も聞いていなかった。
諦めたと言っておきながら吹っ切れたとかそういうわけではなかった。私は今でも切原が好きだ。
それは確実に言えてしまう。この先ずっと吹っ切られずにいるかもしれない。人生まだ序章に過ぎない
私が思うのはおかしいとわかっている。形のないものを、望みの無いものを探しているみたいで
我に返るとたかが小学生が、餓鬼が色気づいて大人ぶっただけだと自嘲してしまう。それでも私は求め続けてしまうのだ。

今あの頃に戻れたら、私はどうするだろう。
規則性の無い乱雑に散らかされた床を見つめているしかなかった。
















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全然赤也でてなくてごめんなさい…。
小学生赤也はシャイボーイだといいなぁという妄想です(爆)

06/0615