「今までありがとう。マジで助かった。特に昨日は。」
「ううん。それより何もできなくてごめんね。」
授業半ばの休み時間。私は一週間前と同じように自分の席で本を読んでいた。
なんだかその一週間前がとても遠くに感じてそれ以上は思い出せなかった。
「こっちこそ、お礼ちゃんと返せなくてごめんな。あ、なんか奢るよ。」
「いいよ、全然。この一週間奢られっぱなしだった気がするし。」
「それとこれとは違うって。いつもみたいに、部活終わったら電話するから。」
そう言って彼は仲の良いクラスの男子の輪に入っていった。
(いつもみたいに、か…)
私は本を読む振りをして少しだけ俯いた。今日が来るのを、とても恐れた。できれば来て欲しくなかったのに。
そんな私の希望も、無残に八つ裂きにされただけで、時間は決められた通り正確に刻む。
日めくりカレンダーが引きちぎられていくごとに焦燥感と寂寥感は積もっていく。
わかっていても寂しさに明け暮れる自分が嫌で、泣きたくなる。
一週間前、二年生のマネージャーの子に告白された菊丸君は、興味ないとその子を振った。
しかしなかなか菊丸君のことを諦めてくれず部活にも影響が出始めた。
思いっきり嫌ってしまえば終わりそうな話だったが、テニス部のマネージャーであったし、
人を傷つけるような振り方はしたくないと言っていた。
そういう子のプライドを傷つけず、且つ諦めてくれる方法はコレしかないと頼み込んできたのだ。
彼は、優しすぎる。そういうわけでこの一週間、私は菊丸君の彼女の振りをしていた。
私は自分の気持ちが抑えられるか不安で最初は断ろうかと思った。何故なら、私がずっと菊丸君に想いを寄せてたからだ。
何故私だったかというと、その日の日直がたまたま私だったから、という何でもない理由だ。
それなのに「」と名前で呼ばれたり、その子の前で仕方なく手を繋いだだけで。
何で私は期待してしまうんだろう。その気なんて全然ないのに、馬鹿らしい。
そして昨日やっとマネージャーの子は私たちを見て諦めてくれた。
粘り強かったあの子が諦めたのは、やはり昨日の衝撃が一番強かったのだろう。私にとっても衝撃だったけれど。
いつものようについてきたその子の前で、菊丸君は強引に私を抱き寄せ、数秒私の口を塞いだ。
あの子にとっての驚きときたら尋常ではなかったかもしれないけれど、それより私の方がずっと吃驚していた。
何もかも、わからない。自分が今、何されているのかも、わからない。
ただ私は自分の気持ちが確認できただけだった。菊丸君はゴメン、とそう言った。
手段だけであったのに、それなのに今思い出しただけで、胸は高鳴るばかりだ。
だけれど、今日で何もかも、終わり。また明日からは別人なんだ。
一瞬期待はしたけれど、それ以上の進展はなく、今日を迎えてしまった。
「ゴメンなぁ、明日試合だからミーティングで遅れた。」
「お疲れ様。大丈夫だよ。私も今来たばっかりだから。」
校門の前で待っていた私を見つけると、部活で疲れているのに遠くから走ってきてくれた。
本当は今来たばっかりなんかじゃなかった。30分も前に教室を出てテニスをしている彼をひっそりと陰で見ていた。
今日で終わりだって何度も確認したのに、何故私はこんなにドキドキしているんだろう。何を期待しているんだろう。
「、昨日はゴメン。別に意味はないから、忘れて。」
昨日のことを思い出すより前に、苗字で呼ばれたことにドキリとした。
当たり前なのに、当たり前のことが寂しくていてもたってもいられなくなった。
今やっと実感した。このまま続いてくれないかな、なんて考えていた自分が情けなくなってきた。
わかっているって言っていたのはただの強がりで、本当は何もわかっちゃいない。
忘れられるはずなんて、どこにもなかった。意地悪だと思った。
歩き出した私に言ってきた言葉がとても重くて、私は耐えられない。
どうにか言葉を出さなければ、崩れてしまいそうだった。全部吐き出してしまいたい。
楽になりたい。もう我慢したくなかった。
「…ああでもしなきゃ、離れてくれそうになかったもんね。」
彼に背中を見せて頑張って言葉を搾り出す。笑顔を取り繕っても口元は自然と落ちる。
そう言ってみたものの、本音を言いたくて言いたくてしょうがない。
笑って誤魔化そうとしても奥から溢れてきそうで怖くなった。暫く静寂が流れる。
もう、時間はない。言ってしまおうか。
だけれど臆病な私は頭の中に何もなくなっていて、紡ぎ出せない。
最もそれが出来たならとっくに言ってしまっているはずだ。遠くを見ても目の前しか現れない。
「ありがとう、楽しかったよ。」
駄目だ、と思った。もう限界だった。寂しがる必要はどこにもないのに、私はそれだけ言って走っていた。
忘れないで、だなんて
そんなこと言える筈がなかった。
06/0502
ひそかに長編にするつもりです。